光合成反応で重要な光捕集アンテナと呼ばれるタンパク質は、内部に含まれる色素で吸収した光エネルギーを励起エネルギー移動(EET)の形で高速・高効率に活性中心に伝達することが知られている。EETの反応速度は励起エネルギーの揺らぎが小さ過ぎても大き過ぎても低下するが、光捕集アンテナではEETの反応速度が最大になるように励起エネルギーの揺らぎが最適化されている。しかし、生体分子の微細な構造や揺らぎがどのように高速・高効率なEETを制御しているか全く明らかになっていない。 そこで本研究では、分子レベルで励起エネルギーの揺らぎを解析するために、色素の励起エネルギーを高精度・低コストに計算可能な手法(MMSIC法)を開発した。MMSIC法では、分子力場と修正Shepard内挿法を組み合わせることで、色素の基底状態と励起状態を表すポテンシャル関数を高精度・低コストに生成する。修正Shepard内挿法を色素の構造だけでなく、色素にかかる静電ポテンシャルにも適用することで、周囲の生体分子の揺らぎの影響も取り込む。MMSIC法により必要な量子化学計算の計算コストを大幅に削減し、様々な構造で励起エネルギーを効率的に計算可能となる。 このMMSIC法を光捕集アンテナの1つであるFenna-Matthews-Olsonタンパク中の色素バクテリオクロロフィル aに適用した。MMSIC法により励起状態のポテンシャルエネルギーの計算を精度を保ったまま約100万倍加速することに成功しただけでなく、シミュレーションにより得られた励起エネルギーの揺らぎを表すSpectral Densityは実験から得られたものとよく一致した。また、EETダイナミクスに重要なSpectral Densityの低振動数部分がほぼ色素の分子内振動によるものと明らかにした。
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