ヒトの精神過程,特に高次機能は,複雑かつ多様である.しかし、脳内の神経活動によって担われている限り、その認知能力は決して無限ではない。例えば,私たちは,たかだか4つの物体の情報にしか、一度に注意を向けたり、記憶したりすることが出来ない。さらに最近、ヒトの心理学実験で、複数の物体が左右の視野に分かれて呈示された時(Across条件)の方が、どちらか一方に偏って呈示された時(Within条件)より、注意や記憶容量が向上することが示された。このことは、左右の視野ごとに脳の情報処理容量が規定されていることを示唆するが、その神経基盤を明らかでない。そこで本研究では、ヒトと同様,高次認知機能を持ちながらも,侵襲的実験が可能であるサルを用いて実験を行った。 具体的には、2つのターゲットの動きに同時に注意を向けなければならない課題と2つの位置を同時に記憶しておかなければならない遅延見本合わせ課題をサルに訓練し,外側前頭前野から単一ニューロン活動を記録してきた.そうしたところ,注意を向けるべき、または記憶すべき2つの刺激が同視野内に提示されたとき(Within条件)には、両視野間に分かれている場合(Across条件)に比べて、ニューロン活動が減弱することを見出した。このことは、物体情報をコードする神経信号が、Within条件ではAcross条件に比べて、劣化していることを意味し、先の心理学実験結果を説明することができる。 左右に分かれた情報は保存され、同一視野内の情報は劣化するメカニズムとしては、前者が別々の単位構造(半球または皮質コラム)で処理されるのに対し、後者は同じ単位構造内で側方抑制による修飾を受けるためと考えられる。つまり、脳の基本的な構造が、注意や記憶といった高次機能を、知らず知らずのうちに制限していることを示唆している。
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