本研究は、景観構造の不均一性が希少植物の遺伝的多様性に与える影響を明らかにすることを目的とする。具体的には、絶滅危惧種クロビイタヤ(Acer miyabei Maxim.)を対象として遺伝的多様性の空間パターンを明らかにし、生育地周辺の景観特性との関係の有無を、サーキット理論を用いて検出することを目標とする。サーキット理論は近年台頭してきた空間解析理論の一つである。これは、森林、農用地、市街地といった土地利用のモザイク性が、野生生物の移動・分散にどのような影響を与えるかについて、抵抗という概念を用いて明らかにする手法である。クロビイタヤの分布のある北海道および本州において、43か所の自生地から葉のサンプルを採集した。さらに林木育種センターより生育地外保存サンプルの提供を受け、合計580個体を対象として、遺伝子解析を実施した。解析は、次世代シーケンサーを用いて核ゲノムのマイクロサテライトマーカー(12座)を開発し、遺伝子型の決定(ジェノタイピング)を行った。北海道千歳市から新ひだか町に分布する13集団(296個体)の遺伝距離を算出したところ、地理的距離との相関は検出されなかった。一方、サーキット理論にもとづいて算出した抵抗距離とは、統計的に有意な相関がみられた。このときの抵抗距離は、クロビイタヤのハビタットとなる河川近隣の森林の抵抗値を低く、またそれ以外の土地利用の抵抗値を高く設定して算出したものである。次に、本種の分布域全体を対象としてハビタットの分布確率を推定し、確率の低いところほど抵抗値が大きくなるよう抵抗距離を算出した。この抵抗距離と、集団間の遺伝距離との相関は、地理的距離との相関よりも高かった。これらの結果から、生育地周辺の景観特性は、本種の遺伝構造に影響を与えており、特にハビタット不適地において遺伝子流動が妨げられていることが示唆された。
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