カイコの系統を継代飼育なしに安定的に保存するため、哺乳動物で行われているICSIによる人工授精法の確立が求められているが、この系の開発に必須な未受精卵の賦活法が確立されていない。本研究では、未受精卵の細胞周期停止機構を解明し、停止を打破(賦活)する方法の開発に繋げたい。はじめに脊椎動物卵の細胞周期停止の制御因子のホモログがカイコにも存在するか調べた。MAPKの下流に存在するp90rskなどのホモログは確認できたが、上流因子であるMos遺伝子(MAPKKK)のホモログはなかった。このことから、Mosによる停止がカイコにはない可能性が考えられた。ハエなどは、Mos遺伝子ホモログが存在し、これらの卵は減数分裂第一中期(MI)で停止している。Mosを持たないカイコはどのステージで停止するのか、リン酸型MAPKなどの抗体を用いたウエスタンブロットによって調べた。カイコの産卵直後の卵はMIであるので、卵巣卵もMIで停止していると予想していたが、未受精卵は減数分裂第一の前期(PI)で停止しており、受精直前に減数分裂中期に入り最終的な成熟段階となることがわかった。このようにカイコには、他の昆虫で見られるようなMI停止がなかった。同様の方法で、雌産生単為発生系統の卵の成熟過程についても調べ、将来的なICSI法開発に向けた、卵巣内未受精卵の成熟方法(賦活法)についてもデータを得た。さらに、カエルではPI停止もMosが機能を果たすことが知られている。脊椎動物のMosがカイコ卵でも停止因子として機能するのか調べるために、TGカイコを作成し、卵成熟過程について調べている。 以上のように、本助成によって、受精や発生開始という重要な生命現象の理解や、人工授精法などの生殖制御技術の確立につながるカイコの未受精卵の受精前の減数分裂停止の機構を研究するための基礎を築くことができた。
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