研究課題/領域番号 |
26220603
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
谷口 正輝 大阪大学, 産業科学研究所, 教授 (40362628)
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研究期間 (年度) |
2014-05-30 – 2019-03-31
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キーワード | 1分子シークエンシング / ペプチド / 1分子科学 / トンネル電流 / ナノギャップ電極 |
研究実績の概要 |
マイクロ流路とナノ流路の体積比を小さくするため、マイクロ流路の長さ・断面積を縮小するとともに、ナノ流路の入り口付近にナノピラー等のコレクター用のナノ構造を設置し、入り口付近で検体の濃縮を行うマイクロ・ナノ流路を開発した。一方、ナノ流路の入り口付近の検体を電気泳動でナノ電極に効果的に導入するため、断面積を縮小させたナノ流路を開発した。さらに、電気泳動電圧による電界で検体を一定方向に流動させるため、ナノ電極を絶縁体で被覆し、センシング電圧と電気泳動電圧による電界干渉を最小化することに成功した。さらに、ナノ電極間を流れるトンネル電流をプローブとして1分子のスナップショットを連続的に取り、水溶液中の1分子の流動ダイナミクスを計測・評価するため、開発した絶縁被覆電極を用いて、計測電流に含まれるイオン電流の最小化と電流計測の高速化を行った。その結果、従来のイオン電流値を10%以下に低減し、50 kHzの高速で7.6 pArmsの低ノイズを実現した。この低ノイズ・高速計測技術を用いて、ベンゼンジアミンの3つの異性体の1分子識別を水中で行ったところ、異なる3つの1分子電気伝導度が得られ、化学の基本であるオルト、メタ、パラ異性体の1分子識別に成功した。さらに、機械学習を用いて、塩基分子の識別を行ったところ、高い精度で1分子識別できることを発見した。また、微細加工技術と通電断線法を融合して、直径100nm程度の貫通孔に電極間距離が1nm程度のナノギャップ電極が融合した構造を開発した。 複数種の生体高分子の塩基・アミノ酸配列と溶液中の各種の存在比を同時に求める定量解析を行うため、検体に依存しない外部標準物質の探索を行った結果、1分子コンダクタンスのコンフォメーション依存性を最小化する球対称構造を持つフラーレン誘導体が適切であることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
1分子シークエンシング法の学理を構築し、応用可能な技術へと発展させていくには、1分子流動ダイナミクスの解明と制御法の開発が必須である。1分子流動ダイナミクスの研究には、ナノデバイスの構造寸法精度を高め、電気泳動や電気浸透流などの外場を用いる科学技術の限界まで制御する方法と、計測で得られる電流―時間波形のあるがままを機械学習を用いて解析する方法の2つの両極端な指針で研究を進めている。微細加工技術を駆使してナノ電極を絶縁膜で被覆し、電極対向面のみを水溶液に接触させる方法と、電流増幅器と電流フィルタの開発は、限界まで制御する方法であり、これらの開発がオルト、メタ、パラ―ベンゼンジアミンの1分子識別を可能にした。 1分子計測システムの開発とともに、ナノデバイスのプロセス開発も同時に行い、ナノデバイスを高い再現性と高い歩留まりで大量に作製することが可能となった。低ノイズ・高速計測と、高い再現性と高い歩留まりを持つナノデバイスの大量作製の実現により、機械学習による解析に耐えうる電流―時間波形の大量取得が可能となった。機械学習を用いた1塩基分子の個々の電流―時間波形解析により、1分子シークエンシング法の最大の課題であった1分子電気伝導度ヒストグラムの重なりによる識別精度の低下を解決し、予想をはるかに超えた塩基分子の高い識別精度を達成した。 機械学習では、塩基分子を識別する精度指標としてF-Measureという値を用いている。機械学習は、単に塩基分子の識別精度を劇的に向上させるだけでなく、ナノデバイスの開発、流路デバイスの開発、および1分子流動ダイナミクスを定量的に評価できる指標になる、という研究当初全く想定していなかったことを見出した。例えば、ナノデバイスのロット間で識別精度を比較すると、ロットの出来具合を定量評価することができるようになった。
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今後の研究の推進方策 |
研究3年次、1塩基分子のトンネル電流―時間波形を、機械学習を用いて解析することで、極めて高い1分子識別精度が得られることを発見した。機械学習による波形解析は、1分子計測法を飛躍的に発展させる可能性があるため、今後2年間の研究では、機械学習による解析法の研究に集中する。DNAとRNAの1本鎖では、電気伝導性が極めて低い糖とリン酸基で塩基分子が区切られているが、再隣接の2塩基分子との電子的な相互作用の影響が予測される。トンネル電流は、1分子のわずかな電子状態の差を読み出すため、孤立1塩基分子と、両隣接環境の1塩基分子では、トンネル電流―時間波形が異なる可能性が考えられる。そこで、3塩基分子から構成されるオリゴマーのトンネル電流―時間波形を大量に取得し、孤立1塩基分子とオリゴマー中の1塩基分子との波形の違いを機械学習により解析する。解析結果と、量子化学計算から得られる孤立1塩基分子とオリゴマーの電子状態を考察することで、隣接塩基分子の電子状態とトンネル電流への影響を明らかにする。さらに、修飾塩基分子の1分子マッピングに向けて、メチル化シトシンと両隣接塩基分子の相互作用の影響を明らかにする。また、1塩基分子の識別精度とシグナル頻度の電気泳動の電圧依存性を調べるため、ナノ流路をナノ電極デバイスに融合させたデバイスを作製する。これを用いて、電気泳動の電圧を変えて1塩基分子のトンネル電流―時間波形を大量に取得し、機械学習を用いた解析により識別精度とシグナル頻度の電圧依存性を明らかにする。さらに、ナノ電極の集積化を見据えて、機械的破断接合を用いないで作製されるナノ電極とナノポアの融合ナノデバイスの開発を進展させる。直径100nm程度のナノポアに電極間距離が1nm程度のナノ電極が融合した構造の作製に成功したが、デバイスの再現性と歩留まりが低いため、作製プロセスの最適化を行う。
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