研究課題/領域番号 |
26220711
|
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
小林 研介 大阪大学, 理学研究科, 教授 (10302803)
|
研究分担者 |
江藤 幹雄 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 教授 (00221812)
小栗 章 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 教授 (10204166)
内海 裕洋 三重大学, 工学研究科, 准教授 (10415094)
加藤 岳生 東京大学, 物性研究所, 准教授 (80332956)
|
研究期間 (年度) |
2014-05-30 – 2019-03-31
|
キーワード | メゾスコピック系 / 近藤効果 / スピントロニクス / 非平衡 / ゆらぎ |
研究実績の概要 |
微細加工技術を駆使して作製される固体素子は、印加電圧によって平衡状態から極端な非平衡状態までを連続的に制御することが可能であり、非平衡量子多体系を定量的に取り扱うことのできる理想的な舞台である。本研究は、固体素子における非平衡スピン輸送過程を微視的に完全に明らかにすることを目的としている。当該年度は、近藤効果の基底状態の対称性の制御に関する理解を進めた。カーボンナノチューブ量子ドットではスピン自由度と軌道縮退に起因するSU(4)近藤効果が、局在電子数1,2,3の広い範囲で起こる。磁場中での振る舞いを詳細に調べた結果、SU(4)近藤効果が連続的にSU(2)近藤効果へとクロスオーバーしていく様子を解明できた。このような量子液体の対称性制御に関する定量的な理解は、これまでに得られたことがなく、学術的に優れた成果である。これに加えてさらに、(1)アンドレーフ近藤効果の実験、(2)量子ポイントコンタクトにおける高精度ショット雑音測定、(3)量子系ゆらぎの定理、(4)強い周期外場のもとでの量子ドットの非平衡電流ノイズの定式化、(5)ナノチューブにおけるトポロジカル相転移の理論、(6) トンネル接合における熱電効果を利用した微小冷却器における効率のゆらぎの解明、(7) スピン軌道相互作用によるAharonov-Casher効果によるスピン分極電流の生成、(8)量子ドットのクーロンブロッケード領域における高次のトンネル過程の理論、などの成果を上げた。以上のように、「ゆらぎ」という新しい観点から輸送の素過程を解明し制御するという目的で遂行している本研究は、スピン依存伝導とスピントロニクス分野に、実験的・理論的に本質的な新展開をもたらすような着実な進展を遂げている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
量子液体の非平衡ダイナミクスの解明がさらに進んだことは、学術的に極めて優れた成果であり、当初の計画以上のものであると自負している。特に、ゼロ次元におけるFermi流体のLandauパラメータと言えるWilson比、および近藤状態の共鳴幅(近藤温度)と共鳴振動数への多体補正を決定する準粒子励起のくりこみ定数を、非平衡輸送係数から系統的に決定し、量子ドットで実現された強相関電子系の普遍的振る舞いを明確にしたことの意義は大きい。さらにSU(4)対称性を破る摂動として重要な外部磁場の効果を調べた。カーボンナノチューブは、チューブの軸方向を向いた軌道角運動量を持ち、そのg因子はナノチューブ半径に依存するが、電子スピンのg因子より大きい傾向がある。測定に用いられた量子ドッドでは軸方向の軌道ゼーマン効果とスピンゼーマン効果がほぼ同じ大きさを持ち、磁場下においてもスピンを含めた4個の1粒子状態中に2重縮退が残り、磁場の増大とともにSU(4)近藤状態からSU(2)近藤状態へのクロスオーバーが観測されたものと解釈できることを測定結果の理論解析を通し示した。このような量子液体の対称性制御に関する定量的な理解は、これまでに得られたことがなく、当初の計画以上の成果である。さらに、近藤効果とアンドレーフ効果との共存状態についての実験が進んだ。理論面でも、トンネル接合における熱電効果を利用した微小冷却器に着目し、その効率の揺らぎを、完全計数統計理論を用いて解析することに成功した。スピントロニクス素子の物理は「非平衡環境下におけるブラウン運動」の好例である。本成果を通して、この問題への完全計数統計理論と確率過程における経路積分法を用いた、新たな理論的アプローチの有用性を示した。これはブラウン運動の理論の適用範囲を、平衡から大きく離れた非平衡状態に拡張する、新たな知見をもたらす。
|
今後の研究の推進方策 |
本研究課題が当初計画以上に進展していることから、今後もこのペースを維持しながら、研究を展開していく。本研究は、(A) 非平衡近藤状態の解明、(B) 新規非平衡スピン輸送の開拓、(C) 実時間ダイナミクス研究への展開という3つの柱からなる。(A)については、非平衡領域に拡張したフェルミ液体論に基づく理論が取り扱える領域において、実験との定量的な比較に成功したが、さらに、理論が存在していない領域における実験結果を整理し、今後の理論の発展に資する。(B) については、アンドレーフ近藤効果の関する成果に基づき、超伝導と近藤効果の絡んだ物理を開拓する。(C)については、単電子ポンプや表面弾性波技術が確立しつつあり、かつ、高周波検出技術も整いつつある。これらの技術を利用して、スピンショット雑音の実時間観測、近藤状態生成の実時間追跡を目指していく。理論面では、カーボンナノチューブ量子ドットの近藤効果に関わる重要な輸送係数の温度依存性、スペクトル関数の振動数依存性の理論計算を行い、実験結果との比較を通し、近藤状態間のクロスオーバーの詳細を明らかにする。さらに、カーボンナノチューブ量子ドットのクーロンブロッケード領域における電気伝導特性(コトンネリング)の理論研究を進める。また、ナノチューブを超伝導電極に接続した系が示すトポロジカル物性について研究する。熱に関する理論的な展開として、量子ドットにおける断熱ポンピング現象の理論の構築を進めるとともに、相互作用電子系中の不純物問題やショットノイズ測定のスピントロニクスへの応用などの研究に着手する。熱電効率の揺らぎの研究や、微小熱機関としてのスピントロニクス素子の理論の融合を目指して、熱、電荷、スピンのダイナミクス、流れおよびその揺らぎの分布を研究する。
|
備考 |
アウトリーチ活動として、高校生向け講義(小林研介:「現代物理学への招待-量子力学の発見とその応用」(日本物理学会第13回Jr. セッション、大阪大学豊中キャンパス、2017年3月18日)。対象:高校生)など3件。
|