研究課題
緑膿菌cNORのいくつかの変異体を精製し、その性質(NO還元活性、スペクトル測定、配位子結合速度解析)を調べた。特にNOが活性中心に入る入り口に位置するVal216に注目して、解析を進めた。この残基は、NORではほぼ保存されていた。その結果、Val216の側鎖の疎水性とかさ高さが、NO還元活性には重要であるとの結論を得た。また、酵素反応に必要なプロトン輸送経路の入り口に位置するGlu57にも注目した。この残基のAla変異体(E57A)は酵素活性が低下する事を見いだした。これらの変異の効果がどのような構造的要因に依るものなのかを確かめる為に、変異体の結晶化を進めている。変異体は量が取れないので、極少量で高分解能構造を得る為に、従来の抗体結合法ではなく、脂質中での結晶化法(Lipidic Cubic Phase法)を試み、2.5Å分解能を与える結晶が得られた。また、E57A変異体は触媒プロトンを供給できない変異体であることから、この変異体とNOとの反応の時分割スペクトル解析をおこない、Glu57 はcNORの酵素反応中に現れる短寿命反応中間体(μ秒程度の寿命)の生成と反応性に大きく影響を及ぼす事を見いだした。今後は時分割赤外分光解析を行う予定である。髄膜炎菌ならびに他の日和見感染菌のqNOR(キノールを電子供与体とするNOR)の結晶化は未だ多く進んでおらず、4Å程度のX線回折像を得る結晶を得ている。SACLAを使った、脱窒カビNORの反応中間体の構造解析が大きく進展した。この酵素の第一の反応中間体の正確な構造を、SACLAを使ったSFC (Serial Femtosecond Crystallography)法で決定した。この構造はX線照射損傷を受けていない構造であった。さらに、数百ミリ秒の寿命の第二の反応中間体の構造解析にも成功している。
2: おおむね順調に進展している
SACLAを活用した、脱窒カビNORの酵素反応中に現れる2つの反応中間体の構造解析成功が最大の成果である。加えて、時分割赤外これらの状態でのN-O伸縮振動も得た事から、脱窒カビNORによるNO還元反応(N-N結合生成とN-O結合開裂)の反応機構の詳細を確立できた。現在Nature Communicationに投稿中である。同様の手法により、脱窒菌cNORの反応中間体の構造解析の道が拓けた事も大きな進展である。加えて、cNOR変異体の調製が軌道に乗り、プロトン供与を断つ変異体(E57A)を調製できるようになったので、プロトンによって促進される反応ステップを止めて、その前に現れる中間体を捉えられる可能性がでてきた。この結果も、脱窒菌cNORの反応機構を確立する上で重要な成果である。脱窒菌のNO産生酵素(NiR)とNO消去酵素(cNOR)の複合体の構造解析の成果がPNASに受理され、さらにCytc551の三者複合体の研究に進めた事は、細胞内でのタンパク質の離合集散や超分子複合体形成の証明に大きな役割を果たすであろう。この研究に関連して、NOの細胞内動態の理論的な研究が大きく進展した意義は大きい。病原菌のqNORは、感染先の赤血球ヘモグロビンからヘム鉄を奪取する際に、感染先白血球が産生する抗菌ガスNOを無毒化する機能を有し、病原菌にとって必須の酵素である。その結晶構造解析が進んでいないのは残念であるが、代わって、病原菌のヘム鉄奪取のタンパク質(ヘムインポーター)の構造機能解析に成功し、Nature Communicationに論文が掲載された。qNOR研究と共に、病原菌とヒトとの関係性をタンパク質分子レベルで理解する非常に大きな進展である。
3年間で得られた研究データを論文として発表していけるように必要な実験を進めると同時に、今後の展開を見据えた研究も開始したい。後者に関しては、上記ヘムインポーターに代表される病原菌あるいはヒトの鉄獲得系の分子レベルの理解をめざした研究である。病原菌ヘムエクスポーター、病原菌ヘムセンサーならびにヒト腸管細胞の鉄還元酵素などを研究対象とする。前者に関しては、cNOR酵素反応のNO輸送におけるVal216の役割の重要性は、全く新しい発見であり、早めに論文として発表したい。反応速度解析をはじめとしたいくつかの追加実験が必要であるが、質の高い論文になるであろう。また、各種変異体の機能解析の結果(変異の効果)を構造基盤で説明する為に、本年度成功したLCP法を用いて結晶化ならびに構造解析を行う。中でも、E57Aの構造解析と時分割赤外スペクトル測定の結果は、cNOR反応機構確立において重要な成果となるであろう。加えて、これらの結果は、現在進めている杉田グループによる、量子化学ならびに分子動力学計算を用いた理論面からの反応機構検証にも大きな情報となるであろう。脱窒菌のNO産生酵素(NiR)とNO消去酵素(cNOR)と、両酵素に電子を供与するCytc551との複合体の構造解析を進める。複合体の結晶はまだ得られていないが、クライオ電子顕微鏡による解析の為の資料作りをさらに進めて行きたい。さらに昨年度のNO細胞内動態の理論的な研究もさらに深めて細胞生物学の分野に発信できたら良いと考えている。
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