研究課題/領域番号 |
26221104
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
岡 良隆 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 教授 (70143360)
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研究期間 (年度) |
2014-05-30 – 2019-03-31
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キーワード | 神経生物学 / ペプチドニューロン / 神経生理学 / 遺伝子改変動物 / メダカ |
研究実績の概要 |
本研究は、私たちが従来魚類脳の特徴を活かして世界をリードしてきた3種の異なるGnRHペプチドニューロン系とキスペプチンニューロン系の研究を中心とし、これらのペプチドニューロンが形成する神経回路が生殖と性行動の協調的調節を担うメカニズムとその進化的意義を解明することを目的とする。この目的に沿って、モデル実験動物として我々の開発した遺伝子改変メダカを用い、生殖の中枢制御に関わる神経回路について、分子から行動までの生物学的階層すべてを視野に入れた多角的かつ先端的な神経生物学的研究を行った。 その結果、以下のような多くの研究成果を発表した(1, 2, 4, 6についてはプレスリリース実施)。1)メダカの生殖腺刺激ホルモンLHとFSHおよび生殖腺刺激ホルモン放出ホルモンGnRH1それぞれの遺伝子をノックアウトしたメダカを作成して解析し、真骨魚類においてはほ乳類と異なる生殖の制御機構が存在することを発見、2)生殖の中枢制御の中心となるGnRH1ニューロンが血中グルコース濃度の低下をセンスする事によりその活動性を低下させることがメスメダカの栄養欠乏時に生殖が停止する原因となることを発見、3)GnRHニューロンの高頻度発火活動がGnRH1ニューロンの脳下垂体軸索末端からのGnRH1ペプチド放出を引き起こすことを証明、4)ほ乳類では生殖制御の鍵を握るキスペプチンが真骨魚類では別の機能をもつことを発見、5)脳内でエストロジェン受容体を発現するニューロンをGFP標識したトランスジェニックメダカを作成し、エストロジェン受容体を介する生殖調節及び性行動調節の神経回路を形態学的に証明した、6)GnRH1のパラログ遺伝子産物であるGnRH3産生ニューロンが、幼少期特異的に活発な活動をもつ脳内ペプチドニューロンである事を発見し、このニューロンが従来知られていなかった新規の機能をもつという仮説を提唱した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
該当する研究期間で、本研究計画に関連して、6報の原著論文のすべてを、内分泌学の分野で最も権威あるジャーナルEndocrinology誌に発表し、うち4論文の内容に関してはプレスリリースを行い、新聞各紙にも報道されるなど、情報の社会発信もできた。さらに、上記の1)の論文に関しては、世界最大の内分泌学の学会であるEndocrine Societyが発行するジャーナルEndocrinology誌で2016年&2017年に発表されたすべての論文中から、Endocrine Society Thematic Issue (Neuroendocrinology)として選ばれた5論文の1つに入った。また、上記の2)の論文に関しては、Endocrinology誌の日本国内販売代理店である(株)ユサコの日本人論文紹介Websiteに記事として取り上げられるなど、注目を浴びた。4)に関しては、2017年10月19日の日経新聞(電子版)ニュースにも紹介記事が掲載された。 一方で、学会発表は、上述のような研究成果を、日本動物学会総会および関東支部会、日本神経科学学会、日本比較内分泌学会などの国内の学会で10演題、国際会議で11演題発表するのみならず、国内の日本内分泌学会総会及びシンポジウム、日本比較内分泌学会、日本動物学会、日本神経科学学会のシンポジウムにおける招待講演を計7演題発表した。さらには、国際的に最も評価の高い神経科学の学会である米国Society for Neuroscience Annual Meetingにおいて1演題、国際的に内分泌学の最大の学会であるEndocrine Society Meetingおよびそのサテライトシンポジウムとして開催された第3回世界キスペプチン会議において計4演題発表したほか、フランス開催のヨーロッパ比較内分泌学会における招待講演も行った。
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今後の研究の推進方策 |
現在までの所、当初の申請書に書いた実験計画に沿って着実に研究成果をあげている。一方で、当初想定しなかった意外な新規の発見があり、生殖神経内分泌の研究分野に大きなインパクトを与えた。それは、ほ乳類では生殖の中枢制御において欠くことのできない重要なはたらきが想定されていて、我々もメダカで発見した当初は同様に生殖調節に重要と考えていたキスペプチンニューロンが、少なくとも真骨魚類においては、ノックアウトしても生殖機能には全く不都合を生じさせないことから、生殖には必須でない、ということである。我々は、そのことを示す、異なる実験手法を用いた確実な証拠を複数発見した。これを、キスペプチン関連遺伝子のノックアウトメダカの表現型解析結果と合わせて、Endocrine Society Meetingをはじめとする国内外の学会で発表した後に、内分泌学において国際的に最も権威のあるEndocrinology誌に論文を投稿し、2017年に発表した。この研究成果と、ごく最近までに世界中で得られている文献的な証拠を元に考え合わせ、我々は、脊椎動物においてはむしろ例外的に、ほ乳類のみにおいて、キスペプチンニューロンが生殖制御の鍵を握るように、進化の途上で変化してきたのではないかという説を提唱した。さらに、キスペプチンニューロンが、別のペプチドニューロン(バソトシン・イソトシン産生ニューロン)を介して脳下垂体における内分泌制御を担うという新たな経路を発見し、これがキスペプチンニューロンの脊椎動物に共通する機能であることを提案している。今後は、哺乳類以外の脊椎動物においてキスペプチンニューロンに代わる、生殖のステロイドフィードバック機構を担うエストロジェン受容体発現ニューロンの正体の解明と、フィードバック調節の神経機構の解明を目指す。これに加えて、性ステロイドによる性行動促進の神経機構も解明する。
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