研究課題
本研究は新しい化合物-標的相互作用検出技術を開発し、それを用いて未解明の天然物の標的分子と作用機構を明らかにすることを目的とする。そのための遺伝学的相互作用の網羅的かつ迅速な検出法として、(1) 酵母遺伝子破壊株を用いたケミカルゲノミクス系、および(2) バーコードつきプール型shRNAライブラリーによる増殖定量の多検体解析系が完成した。そこで、極めてユニークなチオアミド構造を有するチオビリダミドとその新規類縁化合物JBIR-140の作用機序解析に取り組んだ。これらの化合物は、アデノウイルスE1Aで形質転換された線維芽細胞に特異的にアポトーシスを誘導するが、その作用機構は不明であった。マイクロアレイによる遺伝子発現解析とバーコードつきshRNAライブラリーによる感受性遺伝子スクリーニングの結果、JBIR-140は統合ストレス応答経路の中のGCN2経路を活性化して転写因子ATF4の発現を上昇させることが判明した。また、ゲノムワイドのshRNAの中で、いくつかのミトコンドリア蛋白質のノックダウンが特異的にJBIR-140の効果を減弱させることから、呼吸活性との関連を調べた。その結果、JBIR-140は呼吸鎖複合体V の蛋白質と直接結合して複合体Vを阻害することが判明した。同様の複合体Vの特異的阻害剤は、JBIR-140と同じようにE1Aで形質転換された細胞を特異的に抑制することから、ミトコンドリア呼吸系がJBIR-140およびチオビリダミドの標的であることが明らかになった。このように、本研究で構築された新しい化合物-標的相互作用検出技術は、様々な生理活性物質の作用機序研究に応用可能であることが示された。さらに、スプリットルシフェラーゼの一種であるNanoBiTを用いた細胞内化合物―標的同定法もほぼ完成したので、化合物と標的タンパク質の細胞内物理的相互作用の探索を開始した。
1: 当初の計画以上に進展している
新技術の開発の部分については、改良を重ねて実用レベルに達したと考えている。その結果、長年にわたって作用機序が不明であったチオアミド系抗腫瘍活性物質の標的分子の解明に成功した。このことから当初目的の大部分をすでに達成したと考えている。一方、新規阻害剤の開発からエピジェネティクス関連因子の機能を解析するケミカルエピジェネティクスの課題においては、ヒストン脱アセチル化酵素SIRT2が脱アセチル化活性だけでなく、脱長鎖アシル化酵素活性を有するという当初の想定を超える発見があった。昨年度すでにSIRT2が脱長鎖アシル化酵素でもあること、さらに我々が発見したSIRT2の阻害剤は、脱アセチル化酵素活性を阻害するものの、SIRT2の脱長鎖アシル化酵素活性を阻害できないことを見いだしていた。そのメカニズムは、蛍光偏光測定と構造解析から長鎖アシル化基質による阻害剤のキックアウトであることもわかった。さらに脱長鎖アシル化反応によって生じるO-アシル-ADPリボースが酵素内にとどまることによって脱アセチル化反応を阻害し、長鎖アシル化リジンを含む基質がO-アシル-ADPリボースをキックアウトすることによって脱長鎖アシル化反応が進むという選択的阻害機構が示唆された。これらの結果は、当初の想定を超えた発見であり、エピジェネティクス分野における独創的研究に発展することが期待される。
天然物は生理活性の宝庫であるが、これまで作用機構が分子レベルで解明された例はごくわずかであり、巨大な研究資源の鉱脈がまだ眠ったままになっていると言っても過言ではない。その原因として、化合物の標的分子を同定し、作用機構を解明する研究には確立した方法論がなく、多くの場合標的の同定はきわめて困難であることが考えられる。我々は遺伝学的相互作用と物理的相互作用の組合せが必須であると考えている。本研究では、すでに網羅的な遺伝学的相互作用解析法として、分裂酵母遺伝子破壊株ライブラリー、出芽酵母遺伝子破壊ライブラリー、動物細胞用Pooled shRNAライブラリーを用いたバーコードシークエンスによる増殖定量系を確立した。また、新しい物理的相互作用検出法としてNanoBiTを応用したスリーハイブリッド系を構築した。今回これらを用いて、きわめてユニークな化学構造を有するJBIR-140の作用機序を解明した。今後はさらに興味深い化合物を選抜し、作用機構解析を実施する予定である。また、予想外の発見となったSIRT2の脱アセチル化―脱長鎖アシル化反応のスイッチ機構についても解析を進める予定である。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (25件) (うち国際共著 8件、 査読あり 24件、 オープンアクセス 16件) 学会発表 (18件) (うち国際学会 5件、 招待講演 12件) 備考 (2件)
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