研究課題
2016年7月から8月にかけて,パミール高原レーニン氷河の調査を行なった.レーニン氷河はキルギス共和国の7000m級の山が連なるパミールアライ山系に位置し,比較的大きな山岳氷河が発達している.レーニン氷河を含むパミール山域ではいままでほとんど氷河の暗色化に関わる研究は行われていない.そこでレーニン氷河消耗域の4000m付近の裸氷域で雪氷サンプルを採取し,表面不純物の定量,構成物の分析を行った.その結果,表面不純物量は平均380g/m2に達し,先行研究で明らかになっているアジア山岳域の天山山脈やヒマラヤ山脈に匹敵する量であることが明らかになった.不純物構成の分析の結果,鉱物粒子の他,有機物が乾燥重量で8%含まれていることがわかった.さらに氷河表面には,特徴的な赤い氷がパッチ上に分布しており,これは赤い色素をもった緑藻類によるものであることがわかった.パミール山域の気候は,アジアモンスーンよりも偏西風の影響が強いアジアの中でも特有の特徴をもつが,氷河は他のアジア地域同様に,鉱物粒子と微生物生産物による暗色化が強く進行していることが明らかになった.8月下旬には,経年継続調査を行っている中国天山山脈のウルムチの氷河で調査を行った.この氷河では,従来通り,不純物量,微生物量,クロロフィル量,溶存化学成分等の調査を行った.3月には,3回目になるクリオコナイトホールの形成実験を防災科学技術研究所の低温実験室で行った.今回は,従来用いていた市販の氷ではなく,南極の氷山氷を用いた結果,実験室の中ではクリオコナイトホールが20時間以上初めて維持された.今後,実験結果の解析を進め,クリオコナイトホールの発達崩壊にかかわる条件を明らかにする予定である.
2: おおむね順調に進展している
氷河の調査域について,計画当初はヒマラヤの氷河を予定していたが,2014年に起きた地震の影響などがあり予定通りの調査が難しいと判断し,今回はパミール山域の氷河の調査を行った.研究地域の変更となったが,今まで情報のなかったパミール山域の氷河不純物と暗色化の実態について明らかにすることができたことは,研究目的に沿った成果であるといえる.有機物,鉱物粒子,硝酸体窒素等の安定同位体比分析も,北極域とアジア域の氷河のサンプルで計画通り進んでおり,鉱物粒子や栄養塩の起源についての情報が得られつつある.クリオコナイトホール形成実験については今年度3回目の実験を実施し,従来の実験でホールがうまく形成しない問題を解決することができた.その結果,ホールの発達崩壊を評価するためのデータを得ることができた.
最終年度となる平成29年度は,今までの分析で明らかなった不純物の起源や微生物プロセスを総括し,特に氷河暗色化の進行が顕著であるグリーンランド氷床で再度調査を行う.従来の調査によって,グリーンランド氷床の近年広がっている暗色域の原因となる不純物は,主に氷体内を起源とする鉱物粒子と大気由来の窒素を栄養塩とする微生物の繁殖によって形成されているクリオコナイトであることが明らかになった.この過程をより広範囲で確かめること,また各起源のフラックスを定量することを目的に,融解期に調査を行う.調査によって得られたサンプルの各定量分析,同位体分析を進め,各地域の暗色化の要因の定量的比較を行う.さらに今年度までに行ったクリオコナイトホールの形成実験のデータ解析をすすめ,氷河上のホールの発達と崩壊のモデルを作成し,近年の気候変動がホールの実態にどのように影響しているのかの評価を行う.以上の成果は,3月に行われれる雪氷圏と生物圏をテーマにした国際雪氷学会にて発表する.
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