研究課題/領域番号 |
26248005
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
谷村 吉隆 京都大学, 理学研究科, 教授 (20270465)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 散逸系の階層型運動方程式 / 2次元赤外ラマン分光 / 量子熱機関 |
研究実績の概要 |
本年度は多次元振動分光への応用と、量子熱機関への応用を行った。 多次元振動分光においては、分子動力学計算により2次元IR・ラマンのシミュレーションを行い、この結果を2自由度の位相空間を扱える階層方程式を解くことで、非線形的に相互作用をするマルチモード非調和ブラウン運動モデルを用いて解析した。このようなモデルの多次元分光スペクトルを計算することは、階層方程式以外では不可能であった。実際に解いて、分子動力学の結果をモデルパラメーターを選ぶことでフィットしたところ、1セットのパラメーターでRaman-IR-IR等のすべての2次元信号を正確に再現することに成功し、モデルの妥当性と階層方程式の正確さを確認することに成功した。この解析により、2次元IR-Ramanの実験を行うことで、分子内振動と分子間振動の結合が直接観測することが可能であることが示された。本論文は、JCPのEditor's Pickに選ばれている。 次に量子熱機関についての研究も行った。量子力学的なエントロピーなどナイーブな物理量を扱うので、厳密計算が可能な階層方程式の応用としては最適である。量子熱流は、これまで熱浴側で定義する場合と系側で定義する2種類があり、同じ結果になると信じられていたが、本研究では、熱浴と系の相互作用部分の寄与も重要であり、相互作用が大きくなると、系側で定義した熱流は負になり、クラジウス法則が敗れるという重大な問題があることを指摘した。したがって、量子熱流は熱浴側を中心とした熱流を計算する必要がある。階層方程式では、1段深い階層を用いることで熱浴側で定義した熱流も計算でき、この種の問題も問題なく研究できる。この結果をもとに量子熱機関の効率についても階層方程式を用いて、強結合領域についても初めて厳密に調べた本論文は、JCPのEditor's Pickに選ばれている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
階層方程式は数値的に重く、それが計算の進展の妨げであったが、GPU化や数値積分の新しい方法論の開発により、研究開始時と比較して数倍から数十倍高速に、各種問題を解くことが可能となった。この結果、従来は数値計算的にも不可能であった異なる温度の2つの熱浴を介した量子熱機関や量子熱流を厳密に計算可能になるなど、未踏の領域にいよいよ踏み込むことが可能になった。これは本研究のブレークスルーとも言える大変大きな進展であった。 昨年度末はさらにWigner空間での階層方程式のGPU化にも成功しており、本研究費を用いてさらにGPUを2枚購入し、研究室の計算パワーも大きく増強された。これを用いれば、光異性化の多次元分光スペクトルの計算を複数の電子準位で定義されている多次元ポテンシャル面において解くことも可能となり、実験に対応した系の解析は大きく進むと思われる。2次元IR/ラマンや量子熱機関の論文はJ. Chem. PhysのEditor's Pickに選ばれるなど、研究結果は早くから注目されている。以上のことを考えると、研究は計画以上に進展していると言ってよいと思う。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度開発した、GPUに対応した多次元フォッカープランク型階層方程式を用い、多次元ポテンシャル面で定義された問題を解くことが、次年度の目標の一つである。このプログラムにより、コニカルインターセクションにおける散逸の影響を詳細に調べられるだけではなく、さらには多次元分光スペクトルを介して実験的にどのように観察されるかも、予想することが可能となろう。 また、この多次元フォッカープランク型階層方程式で計算する波動関数を、反対称化することにより、フェルミオン系の電子移動の問題を解くことも可能になると思われる。1電子の共鳴トンネルの問題については、すでに階層方程式を解いて研究を行ったが、フェルミオン系にすると、クーロンブロケードや近藤効果といった問題も扱えるようになり、動的に変化する外場のもと、その運動位相空間上で見ることは大変興味深い。
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