研究課題/領域番号 |
26248009
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
中井 浩巳 早稲田大学, 理工学術院, 教授 (00243056)
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研究分担者 |
安藤 耕司 東京女子大学, 現代教養学部, 教授 (90281641)
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研究期間 (年度) |
2014-06-27 – 2019-03-31
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キーワード | ユビキタス水素 / カチオン束縛エネルギー / 量子化学計算 / 核・電子軌道理論 / 自由エネルギー / 量子分子動力学法 |
研究実績の概要 |
水素はあらゆる環境下において多様な形態で存在し,種々の物性や機能に重要な役割を果たしている.本研究では,「ユビキタス水素」の機能とダイナミクスを取り扱うための理論的基盤を構築し,環境・エネルギー・材料・生命に関する応用研究に取り組むことを目的とする.本年度取り組んだ4つの課題について成果を報告する. (1) ユビキタス水素の拡張としてポジトロンに着目し,NOMO法によるポジトロン消滅スペクトルの計算手法を新たに確立した.本手法を希ガス原子や小分子に対して応用したところ,従来の平面波近似では困難だった消滅γ線スペクトルの半値幅の定量的な再現に成功した. (2) 氷中における余剰プロトンの拡散機構を解明するため,分割統治型密度汎関数強束縛分子動力学(DC-DFTB-MD)法による大規模反応シミュレーションを実行した.その結果,氷中における高速なプロトン拡散の起源が水分子の水素結合を介したプロトンリレー(Grotthuss機構)であることを明らかにした. (3) Naイオン高濃度電解液におけるキャリアイオン拡散の微視的機構を解明するため,DC-DFTB-MDシミュレーションを実行した.その結果,高濃度条件では溶媒の配位構造の組み換えに由来する配位子交換型の拡散機構によってキャリアイオン拡散が進行することが明らかになった. (4) 代表的な光駆動プロトンポンプであるバクテリオロドプシン(BR)を対象とし,光反応サイクル上でのL型中間体における1段階目のプロトン移動の微視的機構を解明するため,BR全体を量子的に取り扱うDC-DFTB-MDシミュレーションを実行した.その結果,L型中間体で特異的に出現する内部水分子がプロトン輸送のキャリアとしての役割を担っていること,および活性部位近傍に存在する内部水分子の数がプロトン移動経路となる水素結合構造を安定化させていることを明らかにした.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では,ユビキタスなプロトンやカチオンの微視的振る舞いを解明するための理論開発と,様々な物性や機能に関連した応用研究に取り組む.理論開発に関しては,当初計画において中心的な役割を担っていたNOMO法のポジトロンへの拡張により,従来法では困難だった消滅γ線スペクトルの半値幅の再現に成功した.応用研究に関しては,DC-DFTB-MD法およびDC-DFTBメタダイナミクス(metaD)法を用いて,溶液・電池・バイオを対象とした大規模反応シミュレーションを重点的に実施した. 応用課題のうち,氷中におけるプロトン拡散に関しては,Grotthuss機構によるプロトン拡散が支配的であることを解明した.また,様々な種類の氷に対して系統的に計算を実行することにより,水分子の水素結合ネットワーク構造がプロトンの移動度を決定する要因であることを見出した.本研究により得られた知見は,将来的にナノマテリアルや膜タンパク質中でのプロトン輸送の解明に繋がることが期待される. BRにおけるプロトン輸送機構に関しては,X線自由電子レーザーを用いた時間分解型の結晶構造解析によって得られた最新のスナップショットを計算対象として,BR全体(原子数約3800)を量子的に取り扱うDC-DFTB-metaD法を実行した.その結果,L型中間体における1段階目のプロトン移動の経路,自由エネルギー障壁および反応サイクル上でのタイミングを解明した.また,脂質二重膜・水溶媒も含めた全原子モデル(原子数約50000)に対する予備的なDC-DFTB-MD計算にも着手した.これは,従来の量子MD法により取り扱うことが可能な原子数(約100~1000)を遥かに凌駕している.本手法により,生体分子系の至る所で起こり得るプロトン移動を網羅的に解明できることが期待される. 以上より,本研究は全体としておおむね順調に進展していると考えられる.
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今後の研究の推進方策 |
引き続きユビキタスプロトンに関連した理論開発と応用研究に取り組む.次年度は以下の課題に取り組む. (1) 経路積分(PI)MD法およびリングポリマー(RP)MD法をDC-DFTB-MD法と組み合わせることにより,核の量子効果を導入した新しい大規模量子分子動力学法(DC-DFTB-PI/RP-MD)の開発を行う.水溶液中でのプロトン拡散ダイナミクスを分子・原子レベルで解明することは,水が関与する化学・生命現象の微視的機構を理解する上で重要である.これまで開発を行ってきたDC-DFTB-MD法により,大規模系でのプロトン拡散ダイナミクスを実用的な精度で追跡することが可能になり,水・氷中でのプロトン拡散ダイナミクスへの応用が実現した.しかし,これらの研究では核の量子効果(ゼロ点振動など)があらわに考慮されていなかった.そこで本課題では,DC-DFTB-PI/RP-MDの新たな開発と,水中での余剰プロトンの拡散ダイナミクスにおける核の量子効果の検証を行う. (2) 生体中に遍在するプロトンの微視的振る舞いが光エネルギー変換機能の発現メカニズムにおいてどのような役割を果たしているかを分子・原子レベルで解明するため,BRを対象としたDC-DFTB-MD/metaD計算を継続する.BRでは,発色団の光吸収を駆動力として5回ないし7回のプロトン移動が連鎖することにより,生体膜間で1個のプロトンが能動輸送される.本課題では,光反応サイクル上での2回目および3回目のプロトン移動を詳細に解析する.その結果,BRのプロトン輸送機構の微視的起源をユビキタスプロトンの観点から解明することを目指す. (3) パラジウムを代表とする水素吸蔵金属は,水素エネルギーの安定利用の観点から重要である.本課題では,量子分子動力学法に適した力場を作成し,水素吸蔵金属に適用して吸蔵能の起源を明らかにすることを目指す.
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