研究課題
MX錯体の一次元鎖構造は、金属イオンの面内配位子のアミノ基と対アニオン間の水素結合によって安定化されている。従って、この水素結合部分をうまく利用することで、一次元鎖から遠く離れた場所で働くアルキル鎖間の引力的相互作用よりも、より効果的に一次元鎖方向の圧縮を行うことができると考えられる。そこで、水素結合距離はどのようなMX錯体でもほぼ不変であることに着目し、対アニオンを一次元鎖から遠ざけることで、一次元鎖の圧縮を試みた。安価なキラル試薬であるL-酒石酸を原料として、Pd(II)錯体 [PdII(dabdOH)2]Br2を合成し、臭素酸化によって一次元臭素架橋Pd錯体 [Pd(dabdOH)2Br]Br2 (PdBr1) を合成した。PdBr1では、ヒドロキシ基と対アニオン との間にもう一つ水素結合が追加され、対アニオンをMX鎖から離す効果があることが確かめられた。これにより、Pd-Pd間距離は5.18Aとこれまでに知られているPdBr錯体では最も短くなり、室温でも平均原子価 (AV) 相であった。種々の測定から、PdBr1では、分解が始まる443 Kという高温までAV相が安定化されていることが明らかとなった。これは、これまでに報告されているM = Pd のMX錯体の最高記録を133 Kも上回る値であり、水素結合を導入するというアプローチの有効性を示している。さらに、電気伝導率を測定したところ、室温で38 S cm-1にも達し、既存のPdBr錯体の記録の1万倍という極めて高い値を示した。この記録は既存のMX錯体中で最も電気伝導率の高い物質であった。このように、配位子と対アニオン間に水素結合という新たな相互作用を導入するというアプローチは、一次元鎖を圧縮する極めて有効な手法であることが確かめられた。
2: おおむね順調に進展している
臭素架橋Pdにおける平均原子価の実現や塩素架橋Pd錯体における平均原子価状態の実現など、新電子相の創出、さらには同錯体においてMX錯体中最高の電気伝導率を実現するなど、ナノワイヤー金属錯体における多くのブレークスルーを果たした。さらには、様々なナノワイヤー金属錯体の熱電特性を評価し、中には500μV/Kという比較的高いSeebeck係数を見いだした。
今後は、Pt錯体の合成を行うとともに、ハロゲン結合のような水素結合以外の相互作用部位を面内配位子に導入することで、一次元鎖をさらに圧縮させ、初のPt(III) AV相及びMX錯体初の金属伝導性の実現を目指す。さらには、平均原子価錯体の非線形伝導挙動やナノワイヤー金属錯体の熱電特性の評価、異種金属による混晶結晶の探索などを行っていく予定である。
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すべて 雑誌論文 (16件) (うち査読あり 16件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 4件、 招待講演 4件)
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