研究課題
本年度は前年度の成果を踏まえ、デカタングステートイオンを光触媒とするC-H結合の位置選択的官能基化の手法開発において順調な研究の進展と成果を得た。各種置換アルカンの検討により、C-H結合の開裂における、立体化学的要因の重要性が明らかとなり、特にネオペンチル位での反応が回避できることがわかった。このことから複数のメチレン基が存在する中でのメチン基のC-H結合の位置選択的な炭素―炭素結合形成に加えて、複数のメチン基が存在する系でも一方のメチン基の位置選択的な炭素―炭素結合形成に成功した。また複数のメチレン基が存在する系でも一種のメチレン基での位置選択的官能基化にも成功した。本年度にはアリールラジカルの水素引き抜き能力に基盤を置いた反応開発として、各種のアミン共存下に芳香族ヨージドを光照射下にさらすことで、ホモリシスが生起し、生成したアリールラジカルの高効率還元に成功した。さらに光照射下ですでに達成しているアリールラジカルのカルボニル化反応が、加熱熱条件下でも良好に進行することを見出した。また、Pd錯体の光照射によるホモリシスを経る光制御型反応については脂肪族ヨージドの臭素化ビニルによるビニル化反応に取り組み有機還元剤の共存系を用いることで有望系を見出した。Pd錯体の光照射によるアクリル酸エステルの重合の検討では光照射による重合のスイッチング挙動を確認した。よってドーマント種の同定へと研究を進展させる段階となった。
2: おおむね順調に進展している
脂肪族アルカンの置換パターンに対する位置選択性の発現を立体効果から考察するための十分な知見を得ることができた。さらに水酸基を配置したアルカンについても置換パターンに対する位置選択性の発現についても考察を行い、水酸基の根元のC-H結合での位置選択的な炭素ー炭素結合形成が、側鎖のメチンC-H結合での炭素ー炭素結合形成の競合を観察した。このことから研究を水酸基のエステル化による保護へと進めたところ、メチンC-H結合での官能基化の選択性が大きく向上した。立体効果による位置選択性の制御のための十分な知見を得た。水素引き抜きの触媒として用いたデカタングステートイオンが巨大分子であることが十分に機能している。さらに直鎖のエステルから環状のラクトンヘと検討を進めた結果、極性効果と立体効果とが遷移状態で相乗的に機能して位置選択性の発現へと導くとする方法論の有効性を確認した。Pd二核錯体の光照射によるホモリシスを経る光制御型反応についてはアクリル酸エステルの重合の検討を行い、光照射による重合のスイッチング挙動を確認した。よってリビング性を発揮できる新しい重合系へと発展させる基盤が整った。
タングステートイオンの光照射による励起を経るC-H結合の官能基化手法は、ラジカル反応にして位置選択性の発現を達成できる手法として極めて有望であることを主にカルボニル化合物を中心とした数多くの反応基質を用いた実例で示すことができたが、本年度においては、さらなる反応基質による合成反応事例とともに反応機構の本質に迫る研究課題の遂行を計画している。各種のヘテロ元素を導入した反応基質の検討は愁眉の課題となっており、まずアルキル側鎖を有するピリジン誘導体に焦点を当てる。すでにアルキルベンゼンにおいてはベンジル位でのC-H結合の官能基化が報告されているが、例えば2―ピリジルアルカンの場合には窒素―炭素ヘテロ結合に基づく極性効果により、ベンジル位でのC-H結合の開裂が回避されることが予想される。また、励起されたタングステートイオンを巨大な酸素ラジカルとみなす場合、通常のサイズの有機アルコキシラジカルとの反応挙動の比較検証は本研究課題における成果の一般化をはかる上で特に有意義と考えられる。この点に鑑みて、t-BuOラジカルによるC-H結合の水素引き抜き反応を各種の反応基質に対して実施し、その位置選択性について知見を得ることで比較検討を行う。計算化学的な手法により位置選択的な水素引き抜きの遷移状態を明らかとする。これらの成果に立脚して、他のヘテロ元素を含有する反応基質の検討をさらに深め、C-H結合からの水素引き抜きにおける極性効果と立体効果を巧みに組み合わた本手法の一般化に導くこととしたい。光照射でのPd系触媒反応によるビニル化反応においては還元剤を共存させる系での反応に成功したが、ビニルスルフォンをビニル化試薬とすることで還元剤フリーな系へと発展させる。
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