研究課題/領域番号 |
26249146
|
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
吉田 陽一 大阪大学, 産業科学研究所, 教授 (50210729)
|
研究分担者 |
近藤 孝文 大阪大学, 産業科学研究所, 助教 (50336765)
菅 晃一 大阪大学, 産業科学研究所, 助教 (60553302)
|
研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
|
キーワード | 放射線化学 / パルスラジオリシス / ナノファブリケーション / アト秒 |
研究実績の概要 |
①パルスラジオリシスの安定化:現在までに発生可能な電子パルスは、パルス幅20 fsで電荷量2 pC程度であり、これまでにパルスラジオリシスで利用してきた電子パルスの電荷量の1/20に相当するため、平成27年度は、パルスラジオリシスシステムの光吸収の測定精度の向上を主に行った。他の加速器からのノイズが大きい従来の照射室から加速器を移設し、電源、空調、アース、熱源配置の装置環境を改善した。その結果、レーザー等、測定システムの安定性が向上し、リファレンスを測定するダブルビーム法を実装することができた。更に、測定プログラムの更新により、統計的なデータ処理を備え、安定したS/N比の測定が可能となった。これらの改善により、フェムト秒パルスラジオリシスの過渡吸収測定におけるS/Nを従来の10倍まで改善し、吸光度0.001の過渡吸収を測定できるようになった。 ②フェムト秒電子線-光複合照射パルスラジオリシス測定系の構築:電子ビームを用いた試料のイオン化後、800 nmのレーザー光による光励起を行い、別途入射する検出光800 nmでの吸収測定ができるようになった。これにより、ドデカン中のラジカルカチオンを光パルスで再励起したことによるブリーチが観測できた。これは、電子線照射により生成したドデカンラジカルカチオンが800 nmの励起パルス光により再励起されて、ドデカンの放射線分解の鍵となる励起ラジカルカチオンが生成することを意味し、より精細な放射線化学反応を解析する手法の開発に成功した。 ③干渉計を用いたコヒーレント遷移放射(CTR)測定:電子ビームのパルス幅・バンチ形状を測定するため、磁気パルス圧縮により発生したフェムト秒電子ビームからCTRを発生させ、干渉計により測定した。パルス幅だけでなく、CTRのパルスあたりのエネルギー測定も可能となり、従来よりも詳細な電子ビーム診断を行えるようになった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
アト秒パルスラジオリシスを実現するために、電源、空調、アース、熱源の配置等の装置環境を改善するとともに、光吸収の測定精度を10倍に向上した。電子ビームのパルス幅を従来の1/10に低減することができ、アト秒パルスラジオリシスへの適用が行われつつある。また、多数の試料を続けて測定できるようにサンプルチェンジャーを導入し、温度を変えて測定できるようにクライオスタットを装備した。測定の自由度や条件設定は大きく変化できるようになっている。過渡吸収測定系の広帯域化により波長掃引しながら過渡吸収スペクトルを得ることがより簡単となった。ナノテクノロジー、材料開発で重要である高分子材料中での電子の移動について、高分子の簡単なモデル化合物であるドデカン中の電子移動について、非常に高速に移動する電子が存在していることがはじめて明らかとなり、基礎的な知見を得ることができた。 また、パルスラジオリシスに光励起を組み合わせたことにより、放射線によって誘起された活性種を、フェムト秒領域で制御、詳細な反応機構解明に役立つ手法が新たに導入された。ハードウェア、ソフトウェアの両面から大きく進展した。これらを用いることにより、原子力分野の核燃料再処理で溶媒として用いられているドデカンの放射線分解初期過程など、放射線化学の重要な知見を得ることに成功している。 電子ビーム測定では、従来のボロメータを用いた測定系を拡張し、コヒーレント遷移放射のパルスあたりのエネルギー測定にも応用可能であることが分かった。また、半導体の過渡的なキャリアの時間応答性の測定や、テラヘルツ発生・検出素子である光伝導アンテナと電子ビーム研究へ応用に着手している。
|
今後の研究の推進方策 |
現在の問題点は、電子ビームのエネルギー変動であり、加速電場の強度変動もしくは位相変化が原因であると考えており、可能であれば、これを根本的に解決する。同時に、対処療法的な、加速高周波パワーや位相のフィードバック制御を計画している。吸光度を大きくするためには、ビームサイズを絞ってパルス中の電荷密度を増大させる事が有効なので、次年度は、電子ビーム径収束用の電磁石を製作する。電子ビームを1/10に収束すれば面電荷密度は100倍となる。現在の電子ビームは、数100μm程度なので、現在よりも電子ビームを収束することは十分可能である。アルコール等、低温にすると粘度が1000倍程度増大する物質もあり、溶媒和や分子の移動を伴う現象を低温でフェムト秒パルスラジオリシスを行うことにより、物質によっては、アト秒領域と類似の結果が得られると考えられる。ビーム測定で利用している干渉計の測定領域を高周波側に拡張し、熱化状態近傍の自由電子に近いエネルギーの電子の挙動をフェムト秒、アト秒領域で観測する。上記の測定環境の安定化・高密度電子ビーム発生・測定システム構築に加えて、これまでに開発したダブルデッカー電子ビームパルスラジオリシスおよび等価速度分光法を適用し、アト秒パルスラジオリシスを構築し、放射線化学初期課程の解明を行う。
|