本研究では、正常上皮細胞が変異細胞を排除する現象に関与する分子群を、定量的質量分析法SILACを中心とした生化学的スクリーニングなど用いて網羅的に同定することを大きな目的としている。特に、正常上皮細胞側に生じる細胞非自律的なプロセスに関与する分子の同定によって、我々が提唱する免疫細胞を介さない上皮細胞が有する抗腫瘍能「EDAC」を制御する分子メカニズムの解明を目指している。 平成29年度は、変異細胞に隣接する正常細胞においてCOX-2の発現が亢進していることを明らかにした。さらに、COX-2のノックダウンや阻害剤であるNSAIDの投与によって、変異細胞の上皮層からの逸脱が亢進することが明らかになった。一方、COX-2が産生するPGE2を加えると変異細胞の逸脱は抑制された。それに加えて、マウスモデルにおいて、NSAIDの投与が膵管上皮からのRas変異細胞の排除を促進することを見出した。このデータは、COX-2が誘起する炎症様の反応が細胞競合を負に制御していることを示している。 また、リン酸化SILACスクリーニングによって、正常細胞と変異細胞の混合培養条件下で特異的にリン酸化が亢進する分子としてAHNAK2を見出した。免疫染色によって、変異細胞に隣接した正常細胞にてAHNAK2のリン酸化が亢進していることが分かった。また、AHNAK2をノックダウンした細胞で変異細胞を取り囲むと変異細胞の上皮層からの排除が抑制されることが明らかになった。これらのことから、AHNAK2がEDACにおける重要な制御因子であることが示唆された。 上記のように、変異細胞の境界において正常上皮細胞で発現が亢進している複数の分子を同定することに成功した。これらの研究成果は、「正常上皮細胞によるがん細胞の排除を促進する」という全く新規の作用メカニズムを標的としたがん治療薬の開発につながりうる知見である。
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