研究課題
今年度は、Dnmt1のユビキチン化ヒストンH3の認識機構についてさらに詳細な解析を行った。東京都立臨床医学総合研究所の佐伯博士との共同研究で、Dnmt1と複合体を形成しているユビキチン化ヒストンH3の質量分析を行い、実際どの部位がユビキチン化されていると、Dnmt1と結合するのかを明らかにした。その結果、Dnmt1と結合するユビキチン化ヒストンH3は、K18-K23のダイユビキチン化ヒストンか、K14-K18ダイユビキチン化ヒストンであった。また後者の場合、K23のアセチル化およびK9のメチル化を伴っていた。これらの知見は、通常K23のユビキチン化がDnmt1との結合に利用されているが、この部位がアセチル化されている場合、代わりにK14を利用するものと考えられる。また、K18のアセチル化やメチル化、あるいはK14およびK23の両部位のアセチル化、メチル化がDNA維持メチル化異常を誘導する可能性が示唆された。Dnmt1はモノユビキチン化ヒストンH3には結合できないことも確認され、この結果はUsp7によるヒストンH3分子上の一箇所の脱ユビキチン化のみで、Dnmt1とヒストンH3との結合能が低下し、DNAメチル化触媒活性が活性化されるのに十分であると考えられた。DNA維持メチル化異常によるDNA低メチル化がどのように染色体不安定性を誘導するのかについては、EdU,CIdUを用いた免疫細胞染色解析から、DNA低メチル化により後期複製起点からの複製開始が、DNA複製期初期に誘導されることが明らかとなった。またDNA低メチル化がセントロメア領域のクロマチン構造変化をもたらし、正常な染色体分配が阻害される可能性が考えられる。これについて、フランスキュリー研究所のFachinetti博士と共同での解析を開始した。
2: おおむね順調に進展している
Dnmt1との結合に必要なヒストンH3分子のユビキチン化部位が同定できたことは、同じ部位の他の修飾、例えばアセチル化、メチル化がDnmt1とヒストンH3との結合、すなわちDNA維持メチル化を阻害すると考えられる。従って、これらの修飾異常がDNA維持メチル化異常による、低DNAメチル化状態を生み出し染色体不安定性を惹起するものと考えれる。従って、本成果により、ヒストンH3分子のユビキチン化部位をアセチル化する酵素、およびメチル化する酵素の同定につながると考えられる。これら酵素の解析を進めることで、DNA低メチル化誘導の分子基盤が明らかになり、がん化の初期過程の理解につながるものと予想できる。脱ユビキチン化酵素Usp7の役割については、一方、DNA低メチル化による染色体不安定性誘導機構については、これまでの解析からDNA複製プログラムの異常を誘導することが原因の一端であることが明らかとなった。すなわち、DNA低メチル化により後期複製開始点からの複製が、複製前期に誘導されることが観察された。このことは、本研究の目的であるDNAメチル化異常による発がんを考える上で、非常に重要な知見であると考えられる。またその他の原因として、DNA低メチル化がセントメア領域のクロマチン構造を変化させて、正常な染色体分配を阻害する可能性を考えてその解析を開始した。以上、これらの成果から、本研究は概ね順調、あるいは期待以上の成果が出ていると評価した。
現在、Dnmt1分子によるユビキチン化ヒストンH3認識の構造的基盤を明らかにする目的で、Dnmt1-ダイユビキチン化ヒストンH3ペプチド複合体の構造解析を進めている。この結果は、DNA維持メチル化機構の理解を飛躍的に深めると考えられる。また、ヒストンH3 K14, K18, K23のアセチル化、メチル化酵素の同定を進めており、これら本体が明らかとなれば、DNAメチル化異常が引き起こされる分子基盤が明らかになるものと期待できる。一方、DNA低メチル化による染色体不安定性誘導機構については、新たにセントロメア領域の異常を考慮することで、染色体分配異常から染色体異数化が誘導される基盤を解明するカギとなると考えており、フランスキュリー研究所のFachinetti博士と共同での解析を開始した。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件、 オープンアクセス 5件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 2件、 招待講演 2件) 備考 (1件)
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