研究課題/領域番号 |
26251017
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
前田 雄一郎 名古屋大学, 理学研究科, 特任教授 (10321811)
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研究分担者 |
成田 哲博 名古屋大学, 理学研究科, 准教授 (30360613)
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研究期間 (年度) |
2014-06-27 – 2017-03-31
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キーワード | アクチン / アクチン・トレッドミリング / 細胞運動 / 筋肉細い線維 / ATP加水分解 / 重合・脱重合 / X線結晶構造解析 / 電子顕微鏡単粒子解析 |
研究実績の概要 |
本研究課題のうち(4) “アクチン重合体のもう一つの状態”の研究において、私たちは蛋白質fragminのアクチン重合体への結合様式を電子顕微鏡で解析すべく準備をしていた。ここで私たちは予期せぬ大発見をした。fragmin 1分子がアクチン単量体2分子と結合することがわかり、この複合体の結晶構造を解明したところ、このうちアクチン1分子はF型であった。これまでアクチン単量体の結晶構造は(他の蛋白質ないしは小分子と複合体として)100構造以上報告されているが、すべてG型であり、今回は初めてのF型構造であった。私たちは2009年にアクチンは重合すると分子形状がG型からF型に変化することを発見していたが、F型アクチンの詳細な構造は未知であった。F型アクチンの高分解能構造は以下の2点の理解のために必須である。第一、細胞運動はアクチンの重合・脱重合に駆動されるが、そのメカニズムを理解するため。第二、細胞運動のエネルギー源であるアクチンのATP加水分解反応は、F型アクチンでのみ可能であり、その反応のメカニズムを理解するため。H27年度分の研究では、fragmin/アクチン=1/2および2/4の結晶構造を得て、上記アクチン会合のメカニズムについて重要な知見を得た。これまでアクチン重合体は結晶化できないため、F型アクチンの詳細な構造は解明できないと考えられてきたが、2分子ないし4分子の短い「重合体」を作った意義は大きい。(ATP加水分解反応のメカニズムについてはH28年度分の研究で大きく理解が進んだ:28年度報告を参照)。私たちはアクチン重合体の「もう一つの」状態を探していたが、そもそもの重合体の基本分子型であるF型の詳細な構造を解明する突破口を見つけた。これはアクチン研究にとって数十年間待たれた大発見であるので、本来の課題(4)を変更し、結晶構造の解明とその解釈の確立に集中することにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
概要に述べたように、F型アクチンの詳細な分子構造を解明したことは、アクチン研究の時代を画す重要な成果である。今回の結晶構造から多くの「なぞ」が解明されたが、特にアクチン分子会合について次のことが判明した。アクチンの分子会合は、縦連結と対角連結の2つの分子間連結が担っているが、そのうち対角連結無しで縦連結のみでもG型からF型への変化が起きること、それも縦連結した一方(B端側)の分子だけがF型に変化することが初めて解明された。 課題(4)では当初の計画は「アクチン重合体のもう一つの状態」の解明(A)であった。これはアクチン重合体の構造の揺動理解の基礎になる知見である。しかし、今回の発見で重合体の基本形であるF型の構造そのものの高分解能構造が解明(B)された。(A)も(B)も同程度に重要な課題であるが、私たちは(A)を解明しようとして偶然にも(B)を解明してしまった。予想外の展開であるが、(B)の解明が大きく進んだために、「当初計画以上に進展した」との評価が妥当であろう。 なお、H27年度の研究経費の内の一部をH28年度に繰り越すにあたって提出した理由書には、蛋白質fragminとアクチン重合体の間の「分子間の相互作用を精細に解明するため、研究方式を見直し」電子顕微鏡法から「X線結晶構造解析法に切り替え」る旨申請した。しかし、この記述は、当時私たち自身がF型アクチン結晶構造解明の意義を過小評価していたことを示している。この結晶構造解明によりfragmin/アクチンの相互作用も解明できたが、より意義があるのはF型アクチンの詳細構造より、アクチン重合体の会合原理とATP加水分解のメカニズムについての理解が深まったことである。よって繰り越し理由は「方法の変更」ではなく、「目的の変更」とすべきであったろう。
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今後の研究の推進方策 |
これを書いている29年5月には、研究は27年度から28年度への繰越し分を超えて、28年度末まで完了しているため、この欄への記入は不要と考える。ただし、課題(4)の当初の計画を中断し、「F型アクチンの高分解能の構造解明」に計画変更したことは結果として大正解であった点は強調したい。というのは、27年度の研究ではアクチン分子会合のメカニズム理解について重要な進展が得られていた(上記参照)が、28年度の研究では、さらにアクチンのATP加水分解のメカニズムの詳細が解明された。それが可能になったのは、fragmin/アクチン=1/2, 2/4(26-27年度)に加えて、1/1の結晶が28年度に得られたことによる。この1/1結晶中でもアクチンはF型であったが、さらにMg-AMPPNP(Mg-ATPの代わりとして)、Mg-ADP-Pi、Mg-ADPを結合した3種類の結晶構造をすべて分解能1.5A という高分解能で解明することができた。これより、(1)F型アクチン中でのATP加水分解に必須の2個の水分子の位置を特定し、(2)これら水分子の位置と方向を決定する2つのアミノ酸残基を特定し、(3)これら残基がG型からF型への遷移に伴ってどのように動いたかを特定し、(4)さらに加水分解後、切断されたガンマ燐酸がADPに隣接して留まるメカニズムを解明した。これらの知見を得ることによって、アクチンが細胞機能を担うメカニズムについての理解が大きく進んだ。
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