研究課題
生物活性天然物からの医薬品としての合理的な開発は、現代科学における緊急課題である。分子量が500を超え酸素官能基が密集した巨大複雑天然物は、一般的な医薬品や天然物では実現不可能な、タンパク質の高選択的阻害・活性化を可能にする。本研究では、巨大複雑天然物に対して、革新的な収束的合成戦略を開発・適用し、全合成を達成する。平成27年度は、①ラジカルを利用した収束的合成戦略の開発を推進し、②巨大複雑天然物の全合成と③天然・人工類縁体の合成研究を同時進行させ、多くの成果を得た。①ラジカルを利用した収束的合成戦略の開発:申請者は、橋頭位ラジカルの前駆体としてのa-アルコキシテルリドの有用性に着目し、様々な連結反応の開発に成功している。しかし、テルリドを橋頭位に有さないa-アルコキシテルリドは、化学的に不安定化であり、その調製の困難さが、ラジカル連結反応の一般性向上の障害となっていた。平成27年度は、より化学的に安定なa-アルコキシアシルテルリドが、a-アルコキシラジカルの前駆体として機能することを明らかにした。本方法論では、様々な糖由来の基質を、ラジカルー極性交差型反応に適用可能であり、8個の連続する酸素官能基で置換された部分構造が3成分から立体選択的に得られる。②巨大複雑天然物の全合成:平成27年度は、酸素官能基が密集したステロイド骨格を持つウアバイン(強心作用)のアグリコン部位であるウアバゲニンの収束的全合成に成功した。本合成では、ラジカル環化を鍵反応として利用した。また、橋頭位ラジカルを用いたクロトホルボロンの全合成、およびリアノジン(Ca2+チャネル活性化)の全合成に世界で初めて成功した。③天然・人工類縁体の合成研究:リアノジンの構造類縁体であり、殺虫・抗補体・免疫抑制など多様な活性を有する4つの巨大複雑天然物の全合成に成功した。
1: 当初の計画以上に進展している
平成27年度は、当研究課題で目的としている3項目に精力的に取り組み、大きく進展させることで、17報の学術論文を出版することができた。また、これらの研究成果は国内外から高い注目と評価を得ており、20件の招待講演を行うに至った。①ラジカルを利用した収束的合成戦略の開発:糖由来のアシルテルリドを用いたラジカルー極性交差反応による3成分反応は、多酸素官能基化された巨大複雑天然物の全合成を単純化する新しい基盤技術となる。②巨大複雑天然物の全合成:現在までに具現化した革新的な反応・戦略を応用し、極めて全合成困難なことで知られる巨大複雑天然物ウアバゲニン、クロトホルボロンおよびリアノジンの全合成を終結させた。ここで開発した合成ルートは、極めて独創性が高く、先進性に富み、世界的に高く評価されている。さらに、ペプチド系天然物であるボゴロールの固相全合成、ヤクアミドAおよびBの完全構造決定と全合成、および脂質メディエイターである2つの酸化脂質の全合成なども同時期に完成させ、論文を出版した。③天然・人工類縁体の合成研究:リアノジンの4つの類縁体天然物の全合成を達成した。このことは、本課題において開発した全合成ルートが、特定天然物だけではなく類縁体の全合成へと適用可能であることを示している。また、ペプチド系天然物であるポリセオナミドBの天然・人工類縁体の合成と機能評価を推進し、類縁体の疎水性と細胞毒性の正の相関を明らかにした。すべての項目において、申請書記載の課題だけでなく、それ以外の重要課題も短期間で実現しており、全般的には当初の計画以上の達成がなされている。
項目①は当初の目的を達成できたため、項目②と③を同時推進する。②巨大複雑天然物の全合成平成28年度は、酸素官能基を多数有する部分構造を収束的に連結できる上記の強力かつ革新的なラジカル連結反応を創造的に組み合わせることによって、全合成が事実上不可能であった巨大複雑天然物群の超効率的構築をさらに推進する。すでに全合成を達成した天然物以外に申請者が標的としている巨大複雑天然物は、レジニフェラトキシン(鎮痛活性)、タキソール(抗癌活性)、アコニチン(電位依存性Na+チャネル活性化)、バトラコトキシン(電位依存性Na+チャネル活性化)およびヒキジマイシン(抗生物質)である。平成27年度までに、それぞれの標的化合物に対してラジカル連結反応を適用し、立体・化学選択性などの精査と評価を終えている。平成28年度は、それぞれの化合物の全合成ルートの開発を強力に進める。また、上記の標的化合物に留まらず、これらの革新的連結反応を様々な異なる構造を有する天然物の全合成へと応用・展開する。②天然・人工類縁体の合成研究申請者が標的としている巨大複雑天然物群には、それぞれ骨格を共通としながら酸素官能基の配置・立体化学などが異なる構造類縁天然物が多数存在し、多様かつ強力な生物活性(抗HIV、免疫抑制、抗多剤耐性、抗癌、神経栄養、鎮痛、抗不整脈など)を有する。従来法では、同じ分子骨格に対して官能基の置換パターンが異なるときは、まったく別の合成ルートの開発が必要だった。申請者の新合成戦略は、これら構造類縁体の統一的・網羅的全合成を可能とする。そこで項目②において全合成ルートを確立した天然物に対して、同じ収束的合成戦略を応用することで、構造類縁体の合成へと展開する。
すべて 2016 2015 その他
すべて 雑誌論文 (19件) (うち査読あり 17件、 オープンアクセス 3件、 謝辞記載あり 11件) 学会発表 (19件) (うち国際学会 12件、 招待講演 19件) 備考 (1件)
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