研究課題
我々は寄生虫のエネルギー代謝に焦点を絞り、寄生適応の分子機構の解明を目的として研究を進めている。その結果、寄生虫では多様な酵素系が機能し、生活環における環境の変化に巧妙に適応している事が判って来た。中でもエネルギー代謝系酵素群が極めて特殊な性質を持ち、宿主中での寄生適応に重要な役割を果している事が明らかになりつつある。そこでこれらの酵素のうち、宿主の血流中に生息するアフリカトリパノソーマの増殖に必要不可欠であり、しかも解析が遅れているシアン耐性酸化酵素(Trypanosome alternative oxidase:TAO)と特異的阻害剤アスコフラノンに着目し、ケミカルバイオロジーの観点により酵素の特徴、阻害剤との相互作用、生理的意義を明らかにする事を目的としている。平成26年度は以下の成果を得た。1)TAOの分子構築と結晶解析:これまでのアスコフラノン誘導体とTAOの共結晶解析及び共同研究を行なって来た連携研究者の鳥取大学の斎本博之教授の合成した200種の誘導体を用いた構造活性相関の結果の総合的解析から、ユビキノンの結合部位とアスコフラノンの強力な阻害に重要な役割を果たしているTAOの疎水性ポケットを構成するアミノ酸残基群を明らかにする事ができた。2)アスコフラノン生合成経路の解明:我々が所有するAF産生菌である田村株はAscochyta viciaeと分類されていたが、A. viciaeの分子情報はなく系統学的位置や近縁菌株の有無が不明であった。そこで、リボソームDNA配列を決定したところ、田村株はAcremonium sclerotigenumの配列と完全に一致し、これまで用いてきた糸状菌はA. sclerotigenumである事が明らかになった。この菌株を用いてAF高産生培養条件を検討し、培養液1Lあたり約1gを得られる条件を見出した。
2: おおむね順調に進展している
TAOは膜タンパク質であることから組換え酵素の精製には界面活性剤による可溶化が必須であり、また精製過程から結晶化まで常に界面活性剤の存在下で行う必要がある。これが現在まで、他のグループがTAOを含むいわゆるalternative oxidese (AOX)の結晶化に成功していなかった理由である。しかし、我々はこの問題点を克服してTAOの結晶化に成功し、さらに多くの誘導体を用いた構造活性相関およびアスコフラノン誘導体とTAOの共結晶解析から、特に芳香環の置換基のそれぞれがTAOの疎水性ポケットを構成するアミノ酸残基によって厳密に認識されている事が判った点は、アスコフラノンが0.13 nMと言う極めて低いIC50を示す理由を明確に示したものであり、その意義は大きい。また、アスコフラノンを産生する糸状菌がこれまでAscochyta viciaeと考えられていたが、実はAcremonium sclerotigenumと判明した事は今後の生合成経路の解明にとって重要な知見である。さらに培地1Lあたり1gのアスコフラノンを産生する条件を見出した事は次のステップである動物を用いたin vivo の感染治療実験にとって貴重な成果である。
これまで合成してきた完全合成のアスコフラノン誘導体について培養系でのトリパノソーマに対する効果を調べ、効果の高い誘導体をgオーダーで合成して、マウスを用いた感染治療実験へと進める。また生合成経路の解明に関しては合成量の大きく異なる条件で培養した糸状菌からmRNAを調製し、高い合成量の菌体で高発現している遺伝子群を同定し、塩基配列を決定する。天然物リガンドの生合成系遺伝子群は近接して位置する事が一般的であり、出発材料と考えられるアセチルCoAから芳香環への過程、プレニル化および閉環反応に関わる酵素の候補を一つでも見出す事ができれば、一連のアスコフラノン生合成に関わる酵素群を一斉に同定可能と考えられる。目的とする遺伝子が見つからない場合は合成能欠損変異株を得て、関連遺伝子を同定する。
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (3件) (うち招待講演 2件) 備考 (1件)
Parasitology International
巻: 64 ページ: 295-300
http://dx.doi.org/10.1016/j.parint.2014.09.011
巻: 64 ページ: 301-303
http://dx.doi.org/10.1016/j.parint.2014.08.003
http://www.biomedchem.m.u-tokyo.ac.jp/