研究課題/領域番号 |
26257505
|
研究機関 | 東京医科歯科大学 |
研究代表者 |
井戸 栄治 東京医科歯科大学, 医歯(薬)学総合研究科, 教授 (70183176)
|
研究分担者 |
伊吹 謙太郎 京都大学, 医学(系)研究科(研究院), 准教授 (00273524)
亀岡 正典 神戸大学, 保健学研究科, 准教授 (60281838)
中村 昇太 大阪大学, 微生物病研究所, 助教 (90432434)
|
研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | ウイルス / 感染症 / エイズ / 進化 / アフリカ / HIV / コンゴ盆地 |
研究実績の概要 |
エイズウイルスの起源については、現在最もウイルス遺伝子の多様性が高いアフリカ中央部が発祥の地であろうという説が研究者らの間で専ら信じられている。しかし、いつ、何処で、どのように人間社会に拡がったのかという疑問に対しては、まだ完全に答えが出ている訳ではない。本研究は、エイズウイルス誕生からパンデミックに至る謎、即ちHIVはいつの時代に、如何なる場所で発生し、それがどのような経路で世界各地に拡散したのか、また現在激しく変異し続け、リコンビネーションによりゲノムの姿を大きく変化させつつあるHIVがやがてどうなるのかの未来予測を、これまでほとんど調査されたことが無かったコンゴ盆地の深奥部に踏み入って、分子疫学的に解明することを目的としている。 平成27年度は、これまでに当該地域では調査したことのなかったコンゴ民主共和国の最西部に位置するバ・コンゴ州に初めて立ち入った。同州はコンゴ盆地を流れる大河コンゴ川が大西洋に流れ入る下流域にあり、現在では内陸のキンシャサが首都となり、航空機の国際便もそちらに直接入るため、陸路で同地を訪れるのは容易ではない。しかし、同国の開発が旧宗主国ベルギーによって開始した19世紀末から20世紀初頭当時は、航空機というものが未だなく、主に大西洋を通じた船舶によって人や物資が行き来しており、コンゴ盆地開発の最初期における西洋との接点としてこの地域の重要性が浮かび上がった。当時の首都であったボマ市周辺の病院や診療所の協力を得て、臨床症状からエイズが疑われた患者60人の検体が入手できた。これらは血清学的スクリーニング検査により全てHIV陽性と判定され、内1例はHTLVも陽性であった。遺伝子解析については現在進行中である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究はほぼ当初の計画通りに進展している。HIVの起源地に関しては、欧米による研究が最も精力的に行われたカメルーンがそれであろうと近年まで主張され、他に対抗する研究グループが無かったこともあり、それが大方信じられていた。しかし、同国でのHIV遺伝子の多様性(サブタイプの分布状況)は、世界の他地域は無論、アフリカ大陸内の他国に比べた場合に非常に高いものの、コンゴ民主共和国、コンゴ共和国の両国のそれに比べればやや及ばない。そのような状況下、キンシャサに保存されていた1960年という極めて古い年代のリンパ腫患者から得られた病理用パラフィン包埋ブロックよりHIV遺伝子が検出され、最近では多くの研究者らがエイズ・パンデミックの発祥地としてキンシャサ周辺に注目している。ただし、最も原初的なHIVであろうと考えられているグループOの報告がカメルーンやガボンからは報告されているものの、コンゴ両国からは未だ見つかっていない。今回の調査地域は、グループOのウイルスが報告されているカメルーン南部やガボンに地理的に近く、赤道直下のアフリカ内陸部への西洋諸国(主にはベルギー)による開発史においても重要な意義を持つ地点である。そこへ初めて足を踏み入れたので(他国の研究者でこの地域について報告したものはいない)、グループOウイルスの存在の有無を含めて、その解析結果に注目したい。
|
今後の研究の推進方策 |
コンゴ両国(コンゴ民主共和国とコンゴ共和国)、更にはカメルーンや中央アフリカ共和国の一部を覆うコンゴ盆地は、ほぼヨーロッパ主要部の面積に匹敵し、実に広大である。HIVがこの地域から世界に蔓延を拡大したことはほぼ間違いのない事実であると考えられるが、そのプロセスの全貌を明らかにするためには、少なくとも当該地域の主だった地点をすべてサンプリングし、開発の歴史的事実と照合しながらHIV遺伝子の多様性を科学的に解釈しなければならない。これまでの調査により、この調査地域の抽出という点においては、現地協力研究者の多大な努力もあり、極めて順調に検体の収集が進んでいる。残す空白地域は、コンゴ民主共和国の東北に位置するオリエンタル州の最奥部や同国の中央に位置するマニエマ州やカサイ・オリエンタル州などであり、これらが次の調査標的地域になると考えられる。しかしながら、これらの地域はコルタンなど希少金属や金・ダイアモンドのように高価で貴重な地下資源が豊富に眠っている場所でもあり、政府の権限が十分に及ばない潜在的に危険地域でもある。当然、そこへ至る交通手段も極めて限られており、加えて熱帯雨林に覆われた高温多湿な衛生環境的にも調査が困難な地域でもある。現地協力研究者らと密接な連携を保つことによって、最新の現地治安情報に基づきながら健康管理にも十分注意して研究を継続したいと考えている。また、本研究ではウイルスの遺伝子解析という科学実験的研究面に加えて、コンゴ盆地周辺のアフリカ開発が歴史的にどのように行われたのかという歴史・社会の文化的調査も重要な意味を持っている。こちらについても可能な限り正確な資料と情報を得ることに注力する予定である。
|