研究課題/領域番号 |
26280108
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
金子 寛生 日本大学, 文理学部, 教授 (10349946)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 生体生命情報学 / 発現制御 / 転写因子 / エピジェネティクス / 核輸送制御 |
研究実績の概要 |
転写因子の核内輸送機構について、次の3つに焦点をしぼり研究を進め未解明な部分を明らかにすることができた。 (1)「転写因子Oct3/4とインポーチンαの複合体構造の予測」 蛋白質ー蛋白質ドッキング計算を用いて、Oct3/4がインポーチンαとどのように結合するかについて予測した。ドッキング構造に対し、さらに分子動力学計算を行い動的構造解析を行った。Oct3/4がDNAに結合する時とインポーチンαに結合する時では、構造的に大きな違いがあることを明らかにした。Oct3/4は、ES細胞の未分化状態を維持する機能を有し、発生初期段階において重要な働きをする転写因子であると同時に、体細胞のリプログラミングにおいて最もキーとなる因子でもある。Oct3/4の輸送機構について構造生物学的見地から解明していく本研究の試みは、核輸送制御を介した新規な体細胞リプログラミング法の開発につながるものと考える。 (2)「核局在化シグナル(NLS)の動的構造に関する網羅的解析」 X線結晶構造解析された全蛋白質を対象とし、NLS部分の立体構造を抽出し、立体構造決定率として定義した量を用いて、動的構造特性について統計的な解析を行った。その結果、NLSは蛋白質の他の領域と比較して立体構造が決定されにくいことがわかった。NLSの有する動的構造の特性を理解することは、遺伝子発現の異常に伴う病気の治療薬・抗ウィルス薬の開発につながると考える。 (3)「積み荷蛋白質が輸送蛋白質インポーチンαからリリースされる機構の解明」 申請者が発見した局所的構造変化(側鎖芳香環の回転による変化)が、積み荷蛋白質のリリース機構において重要な意味を持つことを証明するために、連携研究者である医薬基盤研究所・米田悦啓博士と安原徳子博士に変異体の作製を中心とした実験に着手していただき、予備的な支持データを得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
初年度である平成26年度の研究実施計画の内容は、「転写因子の核内輸送機構について未解明な部分を明らかにする」ことであった。【研究実績の概要】で述べたように、本研究テーマについて、(1)転写因子Oct3/4とインポーチンαの複合体構造の予測、(2)核局在化シグナル(Nuclear Localization Signal: NLS)の動的構造に関する網羅的解析、(3)積み荷蛋白質が輸送蛋白質インポーチンαからリリースされる機構の解明 という3つの違う観点から多角的に迫ることができたと考える。また、いずれにおいても一定の成果を出すことができたと考える。(3)については、追加の実験や分子動力学シミュレーションによる理論・計算面からの検証が必要であるが、当初立てた仮説の正当性は概ね担保されたものと考えてよいであろう。 この他に、転写因子とインポーチンαの結合を阻害する天然化合物を探索する予備的な応用研究を開始することが、平成26年度の研究実施計画の中に入っていた。平成26年度の研究予算で購入させていただいた高速並列処理ワークステーションを用いて、蛋白質ー低分子網羅的ドッキング計算を行い、候補化合物を既に探索している。26年度は、計算機環境の整備やデータベースの充実などが中心となると考えていたが、化合物の探索をin silicoで行うところまで達成できた。今後は、ドッキングアルゴリズムによる違いなどを考慮して、異なる計算手法を試しながら研究をさらに進めていく必要がある。 平成27年度は、転写因子のみならずエピジェネティック因子の核内輸送機構を解明することを計画しているが、DNA メチル化酵素、ヒストン修飾酵素、クロマチンリモデリング因子などの中から、特定のヒストン修飾酵素に研究対象を絞り進めていくことを決定した。このための調査研究も26年度中に行うことができた。 これらから総合的に判断し、26年度は当初計画以上に進展したと結論づけた。
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今後の研究の推進方策 |
初年度である平成26年度は、【現在までの達成度】で記載したように、順調に研究が進展している。転写因子とインポーチンαの関係については、当該研究課題採択前から既に優れた成果が出ていたことから、研究期間や成功の可否などに対し予想が立てやすく、適切な研究テーマの設定をすることができた。このことが、当初計画以上の進展をもたらした理由と考える。 今後は、エピジェネティック因子の核内輸送機構の解明という世界的にもほとんど未解明な分野に着手していく予定である。26年度までの調査で明らかになったことは、エピジェネティック因子の立体構造情報が転写因子以上に乏しいことである。特に核輸送に必須なNLSを含む部分の構造が解かれている因子は皆無に近い。そのため構造からせまる研究や三次元座標を使用する計算化学的なアプローチには限界があることが予想される。また、ほとんどの核蛋白質は、天然変性蛋白質の特徴を有し、相互作用する相手によって構造を変え、相手と結合することによりはじめてrigidな立体構造を形成することもわかりつつあるので、その点に留意して研究を進める必要がある。さらに、エピジェネティック因子は、複数の蛋白質と大きな複合体を形成し、その構成要素によって機能が変化することや標的DNA、long ncRNAなどの核酸との複雑な複合体を形成するなども視野に入れておかねばならない。 そのため今後は、計算構造生物学的なアプローチに加え、配列解析やデータマイニング的な手法も積極的に使用していく必要があるであろう。また、連携研究者側の実験結果が出るのを待って研究を進めるだけでなく、自ら受託業者にマイクロアレイ解析、リアルタイムPCR、RNA-Seq、蛋白質質量分析などを外注し、積極的に必要なデータを得ていく研究姿勢も必要となる。得られたデータの統計的解析に加え、高度なネットワーク解析を行っていけるように計算環境の整備もしていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定した高速並列処理ワークステーション一式の購入価格を比較的安価に抑えることができた。また、当初予定したポスドク1名の人件費分が、所属研究機関の予算枠(平成26年度若手研究員)から支払われたことが、科研費事業の経費削減に大きな影響をもたらした。このポスドクの採用により、予定していたソフト外注費もゼロに抑えることができた。購入を予定していたソフトやデータベースについては、H26年度は評価をすることに注力し、試用するにとどめ購入するまでには至らなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
ポスドク1名の人件費分が所属研究機関の予算枠から支払われなくなる次年度以降は、このための人件費が必要となるのでこれに一部充てる。また、H26年度に行った評価のよかったソフトやデータベースまたはその試用権利を購入し、積極的に研究で活用していくことを計画している。H26年度に得られた研究成果を論文発表するための英文校閲、投稿料などを確保しておく必要がある。さらに、連携研究者の実験結果に加え、受託業者に追加実験データを出してもらうことを計画している。このための予算は潤沢に確保しておく必要があると考える。
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