本研究ではメディウムを単なる手段(mean)ではなく、人間の意志に対向し、競合する自律した存在=抵抗物として捉え、この抵抗物との恊働こそが人間精神の創造をうながし技術を成長させるものだと考える。具体的には絵画のメディウムとしての支持体(画材、画面)自体を描画者に対等に対向し運動する自律系として捉える。これを趣旨に独自に開発した「相対運動描画ロボット」を用いて、描画主体の拡張と可塑性の原理を明らかにすることが本研究の目的であった。 当初の計画通りに、26年度は、フェーズⅠ「相対運動描画ロボットの精緻化と実証的検証」を、27年度は、フェーズⅡ「描画応答の分節化と構造化」をそれぞれ推進した。これにより、ロボットインタフェースがより洗練化し、入力作家と出力ロボットと描画者の3者の協働という形式で、描画主体の拡張と可塑性が現象化したといえる。 最終年度である28年度は、この描画主体の拡張と可塑性の発現原理の探求は革新的な段階に到達することができた。実践的にこの装置を徹底的に使いこなすことで、獲得することのできた膨大な実証的データは、従来、描画主体の個性の表出として理解されてきた、個々人の筆跡特性は、身体と外部環境との函数(にかかる一種の係数)であると仮説を裏付けるに充分なものとなった。当研究が実装した装置は、筆圧変化を計測し、再現する方法ではなく、この函数を可変的に変化可能にし装置に実装化することによって、筆触特性を再現することに成功したのである。すなわち形象再現でも筆圧再現でもなく、形象も筆圧を変化させても、個々の表現者に内在する筆圧特性=傾向のみを、異なる形象においても、反復的に再現可能であることが示されたのである。 メディウムとの協働つまり道具を扱う技術によって、個々人の個性を含む、人間精神の構造が形成されるという本研究の考えが、最終年度活動を通じて実証されたと考えられる。
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