研究課題/領域番号 |
26285108
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
倉田 良樹 一橋大学, 大学院社会学研究科, 教授 (60161741)
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研究分担者 |
津崎 克彦 四天王寺大学, 人文社会学部, 講師 (00599087)
宣 元錫 大阪経済法科大学, アジア太平洋研究センター, 客員研究員 (10466906)
西野 史子 一橋大学, 大学院社会学研究科, 准教授 (40386652)
松下 奈美子 名古屋産業大学, 環境情報学部, 講師 (00743642)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 外国人専門職社員 / 現地採用日本人社員 / 専門職の国際労働移動 / 批判的実在論 / SACモデル |
研究実績の概要 |
2015年度の主要な研究実績は以下の四点である。 第一には、専門職の国際的な労働移動に関する主流派経済学理論の問題点を検討するとともに、批判的実在論CRによる独自の労働市場研究について文献サーベイを行った。専門職の国際的な労働移動を研究するうえで、CRによるSACモデルは、①移住を規定する社会構造(Structure)、②移住者の行為主体性(Agency)、③移住を規定するローカルな文化要因(Culture)という3つの側面を中心にした統合的説明を提供できるという点において、労働需給と賃金を主要変数とする主流派経済学的な通説とは異なる独自の知見を提供しうるものであることが明らかになった。 第二には、日本の中小零細企業で働く外国人専門職を対象とする聞き取り調査を行い、その就業を規定している構造要因が製造現場の外国人技能実習生や日系人の場合と基本的に共通していることを明らかにすることができた。日本の入管政策において外国人専門職は「高度人材」として、外国人技能実習生や日系人とは明確に異なる枠組みで扱われていることを考慮すれば、上記の事実発見は、政策と現実とのギャップを示唆する重要な発見であるといえる。 第三には、日本で就労する外国人専門職の主要送り出し国である中国において現地調査を行い、海外就労を斡旋している職業紹介会社と日本への移住を希望している大学生を対象に聞き取り調査を行った。従来の研究が見逃してきた独自の事実発見として、移住の意思決定に際して文化的要因が大きな作用を及ぼしていることが明らかになった。 第四には、日本人大卒者の海外就労に関連して、タイ及びフィリピンにおいて現地調査を行い、海外日系企業において現地採用で働く日本人社員を対象とする聞き取りを行った。日本国内の若年非正規雇用者と共通する社会階層論的な考察の必要性が明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
大卒専門職の国際的な労働移動に関して、主流派経済学の通説に代替する理論を構築するとともに、この理論を適用して、日本を中心にした実証研究を進めていく、という二つの研究目標のいずれについても、当初の目標通り進行している。当初計画から若干ずれている点があるとすれば、以下の二点である。理論面では、当初中心におこうとしていた立場競争理論よりも批判的実在論の検討により多くのエフォートを投入することとなった点である。この点に関しては、英国及び米国の理論社会学の世界で、批判的実在論の研究に予想以上の大きな進展が見られ、これらの研究をより積極的に受容していくことが必要になったためである。このような近年の研究状況の変化は本研究の進行を阻害する要因ではなく、むしろ促進する要因として肯定的に理解している。第二には、海外実態調査の対象国に若干の変化が生じたことである。調査対象国は、当初計画とは異なり、東アジアの諸国を中心とした構成になってきたが、こうした対象国の転換は、調査の過程において、大卒専門職の国際移動という現象がグローバルで単一的な現象として扱われるべきものではなく、地域単位で観察されるローカルで特殊な現象として扱われるべきであるという、研究上の重要な発想の転換に基づくものである。従って対象国を東アジア諸国に集中させることは、当初計画を頓挫させるようなものではなく、むしろ研究の一層の深化・発展をもたらすものと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
「現在までの進捗状況」の欄に記したように、第二年次(2015年度)において二つの点で当初計画からの転換を行ったが、これらはいずれも研究遂行上の障害要因に直面して手詰まりに陥ったことによる転換ではなく、研究遂行を本来の目標に沿って一層加速させるための方針転換であった。従って今後2年間の推進方策に大きな変更はない。すなわち、海外での調査に関しては、中国、タイ、フィリピンの三カ国に重点をおいて研究を推進する。これら諸国と日本との間で歴史的に形成されてきた固有の二国間関係がどのように専門職の移動を規定しているのかを解明することを目指す。国内での調査に関しては、すでに就労している外国人専門職だけではなく、大学や専門学校への留学者も対象に加えて研究を推進する。アメリカ合衆国における高度人材の状況に関しては、既存文献及び統計データに基づいて研究を推進する。理論研究については、批判的実在論、立場競争論、労働過程論、モラルエコノミー論を中心に研究を推進する。社会理論研究として完結させるのではなく、専門職国際移動の実証研究に活用できるような分析枠組みの構築を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
2016年3月中旬にジャカルタを訪問し、日系現地法人とそこで働く現地採用日本人社員を対象とした聞き取り調査を計画していた。ところが、同年1月14日にジャカルタ市内で発生したテロ事件により、訪問を予定していた調査対象企業がその対応に忙殺されたことに加え、安全上の配慮からも調査の遂行を断念しなければならなかった。また調査対象企業から受け入れ不能との最終的な回答を得たのが2月末であったために、代替する調査対象先を選定することも不可能な情勢となってしまった。この結果、ジャカルタ調査のために計上していた予算の全額を次年度に繰り越すこととなった。
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次年度使用額の使用計画 |
2016年度においても日系企業とそこで働く現地採用日本人社員を対象とする海外での聞き取り調査は継続実施する。ただし1月14日のテロ事件以後、在ジャカルタ日系企業の一部が撤退する事態が続いていることもあり、2016年度においてはジャカルタ調査は断念する。2015年度において実行したマニラおよびバンコクでの日系企業調査を通じて、調査対象の企業・個人との間に良好なラポールの形成に成功したことを踏まえて、繰り越しとなった予算分は、マニラ及びバンコクでのよりインテンシブな再調査に充当する。ジャカルタの事例については、帰国者からの聞き取りを行うことで情報収集に努める。
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