研究課題/領域番号 |
26287060
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
末元 徹 東京大学, 物性研究所, 教授 (50134052)
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研究分担者 |
板谷 治郎 東京大学, 物性研究所, 准教授 (50321724)
中嶋 誠 大阪大学, レーザーエネルギー学研究センタ, 准教授 (40361662)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 光物性 / テラヘルツ / スピン制御 / オルソフェライト / メタマテリアル |
研究実績の概要 |
ErFeO3 基板上に一辺数十μm程度のC字型のリング構造を金蒸着にて作製 し、リングの共鳴周波数近傍での磁化の応答を近赤外光のファラデー効果で検出した。この際、ErFeO3 の強磁性共鳴(Fモード)の周波数が温度に依存して変化することを利用してリングの固有周波数と同調させたところ、スピン歳差運動に起因する信号が約一桁におよぶ大きな共鳴増大を示すことを見出した。この現象を理解するためにスピンとリングの結合状態をモデル化して数値解析を行ったところ、実験結果を非常によく再現できることがわかった。さらに、スピン系とリング系の間でエネルギーの往復が繰り返されていることも確認できた。これにより、メタマテリアルの利用がスピン制御に極めて有効であることが示された。 磁性体結晶試料の作製に関しては、予定を若干変更して26年度に先行させ、結晶の切り出しと研磨まで含めてほぼ終了した。作製した試料 ①ErFeO3 , ②DyFeO3 、③DyxEr1-xFeO3を用いて、スピンに関わる非線形現象の探索を開始しているが、これまでに①において入射THz波電場の2乗に比例して増加する瞬時応答を見出した。そのメカニズムとしては、Cotton-Mouton効果が考えられるが、その検証は来年度に持ち越されている。 また③については、スピン再配列転移の途中における磁化の方向をTHz時間領域分光法(TDS)を用いて正確に計測できることを実証した。これまで標準的に用いられていたSQUIDによる磁化測定では、ドメインの消長による磁化の変化を避けるために静磁場の印加が必須であったが、THz-TDSの方法はドメインの影響を受けないためゼロ磁場もしくは弱磁場でのスピン配向の振舞いを調べることが可能になり、スピン再配列転移の研究に新たな手法を提案することになる。この成果は近く論文投稿の予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の当初に設定したサブテーマ①ErFeO3における長寿命スピン共鳴とビート現象、②DyFeO3におけるTHz強励起効果、③メタマテリアルの利用のうち、①に関しては、Q値が1000程度と非常に高い(フェライトの強磁性共鳴としては前例を見ない)ことから、量子情報系の実験への利用に期待が持てる。少なくとも5本の接近した周波数を持つ共鳴モードが存在することまでは突き止めたものの、物理モデルの構築には至っていない。②に関しては相転移温度の励起強度依存性に再現性がとれないため中断している。一方で、③は予想以上の成功を収め、現在、超伝導リングによる更なる磁場増強へ研究を進めている。また、ErFeO3で見出した瞬時非線形現象は、想定外ではあったが、THz領域では新規な現象であり、本研究課題の趣旨に沿った成果であると言える。前項で述べた「磁場を必要としないスピン方位決定法」は、意図したものではなかったが、THz分光が磁性体の研究全般に有効であることを示したという点で、波及効果のある成果と考えている。以上、申請段階での予定と若干方向が変更されたものもあるが、総合すると、概ね順調に目的を達成しているという自己評価ができると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
H26年度までの研究の経緯に基づき、今後は次の4つの有望なテーマに絞って集中的に研究を推進する。 ①ErFeO3における長寿命スピン共鳴とビート現象。これまでに、周波数が非常に接近した数本のモードが存在すること、それぞれのコヒーレンス時間は低温で非常に長い(数ナノ秒)こと、周波数分裂の大きさは試料の厚さや温度に敏感に依存することが判明している。今後は試料の形状効果などを系統的に調査し、理論家と協力して起源の解明を進める。 ②ErFeO3における瞬時非線形応答。この非線形現象がTHz波の磁場成分によるのか電場成分によるのかの判定ができていない。前者であることが証明できれば画期的なので、メタマテリアルによる磁場または電場の選択的な増強を用いてこの点を明らかにする。 ③メタマテリアルとスピン系の結合状態。メタマテリアルによる磁場増強技術を開発さらに進める。電磁場のシミュレーション(FDTD法)によって、単純なリングだけではなく、ディアボロ型を始めとする各種の形状のアンテナや導波路などについて発生磁場強度を計算し、最適の構造を探す。更に実際の試料に構造をパターニングし、磁場増強を実現する。これまでにSRRにより約10倍の磁場増強を確認しているが、H27年度はさらにリングのQ値を高めるために、学内の研究グループの協力を得て、超伝導材料によるリングの作成を試みる。これによりさらに1桁から2桁の磁場増強が見込まれ、非線形効果の発現に近づくと期待される。 ④強力光源による非線形現象の発現。反射型プローブの採用により空間分解能を数μmまで高め、リング近傍の表面に局在した、より強い磁場の利用を進める。これらの工夫により、本来の最終目標であるスピン配列制御へつながる可能性が非常に高いと考えている。またH28年度には新規開発の100mJ級レーザーによるTHz非線形効果の発現に挑む予定である。
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