研究課題
電子強誘電体の一つの候補として注目を集めているkappa型BEDT-TTF有機導体において、ダイマー内の電荷の自由度に注目して以下の研究を行った。1)ダイマー内電荷自由度が作る電気分極とスピン自由度に強い相関があることを見出した。特に線形の電気磁気効果が生じることを空間反転対称性と時間反転対称性の議論から一般的に示した。この結果をもとに、拡張ハバード模型をもとにした有効模型を用いて、これを数値的に解析することから電気磁気定数を計算した。この現象には電荷とスピンの長距離秩序状態は必ずしも必要ではなく、不純物の存在により生じるグラス状態でも電気磁気効果が表れることを数値計算により見出した。この背景にはいわゆるトロイダルモーメントの存在とその長距離秩序が本質的に重要であることを明らかにした。2)ダイマー型有機導体において、スピンの入れ替えに対して符号を変える反対称スピン間相互作用が存在することを見出した。この相互作用は通常のハイゼンベルグ型交換相互作用と強く競合する。スピン波近似法とスレーブ粒子法という二つの相補的な計算手法を用いることで、二つの相互作用の競合により古典的な長距離磁気秩序状態が不安定となることを初めて明らかにした。更に新規性を有する有機電子誘電体に対する第一原理計算とモデル計算を組み合わせたアプローチにより、出発点となる電子状態からその物性の理解する上で重要となる因子を同定を行っている。酸化物電子強誘電体においては、第一原理電子状態計算を行い、磁性・誘電性の微視的機構を明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
昨年度当初の計画に従って、電気磁気感受率の微視的な起源の解明ならびにその具体的な大きさの評価を数値計算により行った。この値が典型的な電気磁気効果を示す物質と同程度であり、実験により十分検証可能であることを示した。この結果については学術雑誌Scientific Reportにおいて発表を行った。更に昨年度の計画に従って、kappa型BEDT-TTF有機導体で見出されているスピン液体状態とダイマー内電荷自由度との関係を調べ、電荷揺らぎにより古典的な長距離磁気秩序状態が不安定となることを具体的な数値計算により示した。これについては現在Phys. Rev. Bに投稿中である。さらにダイマー内電荷自由度を検証するために、実験で見出されている特異な光応答について理論的に調べた。一次元ダイマーモット系の有効模型において、光照射効果による過渡的な実時間量子ダイナミクスをiTEBD法と呼ばれる数値計算法により調べた。これ先立ち、iTEBD法のプログラム・コードの開発とテストを行った。ダイマー内電気分極の間の相互作用が、二準位系の光照射ダイナミクス現象として知られるラビ振動の周波数を増大すること、またラビ振動の減衰をもたらすことを見出した。またPd(dmit)2系における電子相関と電子格子相互作用の協調によるモット絶縁体相と電荷秩序相の競合を調べ、さらに新しく合成された水素結合を含む新規スピン液体物質に対する第一原理計算を実施し電子構造を明らかにした。さらに、酸化物電子誘電体ではマグネタイトに関する電子状態計算をまとめつつ、BiNiO3に関する計算を開始した。
ダイマー内電荷自由度を有する電子強誘電体の候補として、最近kappa-H3(cat-EDT-TTF)2と呼ばれる有機物質が大きな注目を集めている。この系ではダイマー内電荷自由度と水素結合におけるプロトンの自由度との結合が、系の電気的、磁気的性質に重要であると考えられている。この物質に対する微視的な理論模型を構築し、平均場近似法ならびに厳密対角化法等により基底状態の電気・磁気相図を求める。これをもとに電子状態におけるプロトンの自由度、特に量子的なプロトン・トンネルの果たす役割を明らかにする。更にこの系における光応答を数値的に解析する。電子とプロトンとのバイブロニック励起がもたらす新規な光スペクトルについて調べ、実験と比較することで電子・プロトン間の量子的なエンタングルメントについての情報を得る。更にはこの物質で見出されているスピン液体状態において、プロトンの振動、凍結との関係を明らかにする。さらに、有機系におけるダイマーモット絶縁体中の電荷秩序転移の詳細を調べることで、実験と詳細な比較を行い、個々の物質の相転移現象の解明を目指すとともに、電子型誘電体の基本的問題の解決も目指す。また酸化物電子強誘電体においては、様々な酸化物について第一原理電子状態計算を行い強束縛模型と比較することでその全容を明らかにする。
メールの使用により研究打ち合わせ旅費の削減を行った。また成果論文の受領が次年度に伸びたため、論文投稿料が未使用となった。
最終年度において、国際会議等で成果発表のための海外旅費、ならびに論文投稿料として試使用する。
すべて 2016 2015 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (13件) (うち国際共著 5件、 査読あり 13件、 オープンアクセス 5件、 謝辞記載あり 9件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 8件、 招待講演 6件)
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