超流動ヘリウム中に水平に配した基板上にヘリウム結晶を置き、この結晶を水平方向に駆動することに初めて成功した。圧電素子により、基板を左右へ非対称なずれ振動させると、基板上のヘリウム結晶が水平に動いたのである。非対称振動による駆動は、いわゆる尺取虫駆動法の一種で、動摩擦と静摩擦の差を利用して物体を動かす方法として知られている。この方法が、粘性の無い超流動体中のヘリウム結晶を駆動するのに有効であることを示すことができた。ただし、観測されたヘリウム結晶の運動は、通常物質の運動と大きく異なり、複雑な振る舞いを見せた。 ヘリウム結晶は、振動を開始した直後は変形をするのみで移動せず、この変形が完了した後に初めて大きく移動した。この移動距離は、振動振幅から期待されるよりも一桁大きかった。非対称振動のゆっくりと基板が変位する位相では、結晶表面近傍で誘起される超流動流により、結晶の片側で結晶が成長し、逆側で融解することにより、結晶が見かけ上、大きな距離を移動したように見えるという機構を提案した。高速で超流動体から結晶成長する、ヘリウム結晶の量子性が関わった新しいタイプの駆動様式を観測したと考えられる。この結果は日本物理学会が発行する英文誌Journal of the Physical Society of Japanの2017年7月号に掲載され、Editors' Choiceに選ばれた。 超流動ヘリウム中でヘリウム結晶の駆動が実現できたことは、ヘリウム結晶と基板の滑りや、二つのヘリウム結晶間の究極の清浄表面における摩擦力測定への道を開く。物体間の摩擦や磨耗を調べるトライボロジーは、工学的にも重要であるが、これまでその研究対象としてきたのは量子効果が効かない通常物質が主であった。量子性が顕著に現れるヘリウム結晶の摩擦研究が可能となれば、量子トライボロジーとも言える研究への展開が期待できる。
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