研究実績の概要 |
単一イッテルビウムイオン(Yb+)を用いた光時計構築に向けて, 不確かさ測定に必要な2台目のイオントラップ装置で時計遷移スペクトルを検出する方法を確立した. レーザー冷却用ビームを2方向から導入し, トラップの軸対称性が完全な場合でも3次元ともレーザー冷却ができるようにした. 1台目のトラップ装置も3次元レーザー冷却が可能な構造となるように新しく設計し、試作まで完了した. 同時に時計遷移スペクトルの改良を進めた. トラップ中のイオンの振動によってスペクトルに現れるサイドバンドの解析から, トラップの軸対称性が崩れていることを確認した. この原因で2つに分裂した径方向振動の周波数の差周波が, キャリアスペクトル近くにサイドバンドとして現れることを突き止めた. このサイドバンドは中心周波数決定の際の不確かさ要因となる可能性があり, 今後さらに検討する. 最もスペクトル幅が狭く, かつ, αの時間変化に対する感度が高い2S1/2-2F7/2遷移を励起するレーザー(時計レーザー)を完成させた. 高出力化のためにテーパー型半導体素子を外部共振器型レーザーとして用いている. 連続周波数掃引幅を通常の外部共振器型半導体レーザーと同等まで改良し, 光共振器を用いた第2高調波発生においてモードマッチングを改良して変換効率を改善した. また, 線幅狭窄化に用いる制御回路をオフセットドリフトが小さいものに改良した. 半導体レーザー直接励起Yb:KYW レーザーを用いて, 光周波数比の長時間連続測定を可能とする光周波数コムの開発を進めてきた. 高速制御可能なピエゾ素子を導入して共振器長を制御することにより, 時計レーザーに光コムを位相同期させる技術を確立した. 3時間程度は位相同期を継続させることができ, 長時間連続測定可能なシステムの完成に目処が立った.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
長時間連続運転可能な光周波数比計測システムの完成に目処が立ったことは大きな成果である. 今後, このシステムを有効利用して, 研究成果を増やしていきたい. 2台目のイオントラップ装置が1台目以上の性能を発揮し, 時計遷移スペクトルを詳細に解析できるようになったことも,今後の不確かさ測定や周波数比計測に向けて明るい材料である. 平成28年度は, 3名の博士課程の学生さんを海外開催の国際会議で発表させることができ, これまでの研究成果を2報, 査読のある雑誌に本論文として出版することができた. 成果を目に見える形にすることができるようになり, この点でも手ごたえを感じている. また, 本研究のような精密計測を基礎物理学へ応用する研究を中心としたワークショップ「The 9th International Workshop on Fundamental Physics Using Atoms」を, 実行委員長として京都大学桂キャンパスで開催し, 内容と運営ともに高い評価を受けた. 本研究費では会議費を捻出することはできなかったので, 他の予算を獲得し進めた. それを含めて本研究の進捗にほとんど悪影響を与えることなく,また他大学の先生方と役割分担し会議を成功させることができたことは,自信になった.
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今後の研究の推進方策 |
立ち上げた2台のイオントラップ装置を駆使して, 時計遷移の不確かさ測定と, 異なる時計遷移の周波数比計測を進める. 具体的には, まず, 2つの四重極子遷移, 2S1/2-2D3/2と2S1/2-2D5/2に関して, それぞれの遷移周波数の不確かさとそれらの周波数比の測定を行う. 最もスペクトル幅が狭く, かつ, αの時間変化に対する感度が高い2S1/2-2F7/2遷移に関しては, 完成した時計レーザーを用いて遷移の駆動を確認する. 非常に弱い遷移ではあるが, 2台のイオントラップ装置が利用可能となったため, 駆動は可能となったと考える. 具体的には, 1方のイオントラップを用いて2S1/2-2D3/2遷移に安定化した光時計を構築し, すでに知られている周波数比に, 2S1/2-2F7/2遷移用時計レーザーの周波数を光コムを利用して設定し, もう1台のイオントラップ装置で2S1/2-2F7/2遷移を捜索する. 励起を確認した後は, 不確かさ測定と周波数比の正確な測定に進む. 周波数比計測を時間をおいて繰り返し行って時間変化を測定し, αの時間変化の探索を行う. 光周波数コムに関しては, 周波数比計測が可能なレベルに到達したため広く活用して研究の進捗を加速しようと考えている. 同時に, より長時間の連続運転に向けた改良を続ける. また, 時計レーザーとのビート信号の信号対雑音比の改善を目指して, 繰り返し周波数の高速化を図る.
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