昨年に引き続き、水クラスターアニオン(H2O)n-生成に取り組んだ。電子ビーム及び放電を各種キャリアガスによる水蒸気の超音速ジェットに適用し、アニオンクラスター生成を試みたが、いずれの場合も生成電子によると考えられる巨大なバックグランドが生じ、水クラスターアニオンの生成が確認できなかった。また、使用する質量分析器がイオンソースの超音速ジェットバルブと直線配置となっているために、イオン検出器として中性ビームが通過するダイノード変換型を使用せざるを得ず、カチオンに比べてアニオンの検出効率が低いことが問題の要因であると推定した。これは、アニオン生成効率が本来的に低い水だけでなく、アニオン生成のテストとしてしばしば用いられるヨウ化メチルからのヨウ素原子アニオン(I-)生成を試みたがやはり成功しなかったことにも示唆される。イオンソースの配向や検出器タイプの変更はいずれも真空槽の大きな改造を伴い、本年度の予算では難しいため、年度内の実行は出来なかった。 一方、水クラスターの新たな比較対照系として硫化水素H2Sのプロトン付加及びラジカルクラスターカチオンの赤外分光計測を行った。硫化水素は水と同じ水素結合配位数持つが、そのクラスター構造は大きく異なることが赤外分光でと理論計算で明らかとなった。すなわち、プロトン付加クラスターでは、水素結合による第1溶媒和殻形成後、第2溶媒和殻が水素結合ではなく、電荷ー双極子相互作用に基づいて進行することが分かった。また、水中のプロトン移動に関するグロッタス機構で重要な役割を果たすズンデル型プロトン付加サイトが硫化水素では形成されないことを明らかにした。また、ラジカルカチオンでは、長く理論的に予言されていた半結合構造が硫化水素のダイマーカチオンコアで形成することを実験で立証した。
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