タンパク質内のエネルギー散逸機構の解明は、タンパク質で起きる化学反応の理解に非常に重要である。その解明のためには、タンパク質内のエネルギーの流れを時空間分解して知る必要がある。本研究課題では、ヘムを分子ヒーター、トリプトファン残基をエネルギープローブとして用い、ピコ秒の時間分解能でアミノ酸残基のアンチストークスラマンバンド強度変化を追跡することによって、残基の空間分解能でタンパク質内エネルギー散逸を時空間分解観測した。特に、特徴的な立体構造をもつタンパク質を選び、その立体構造の特徴を活かして、エネルギー散逸の異方性、距離依存性、水とのカップリングに関する計測を行った。その結果、タンパク質内エネルギーフローにおいては、主鎖の共有結合を介するのではなく、原子間接触を介してエネルギーが移動していることを明らかにした。また、散逸速度の系統的な比較から、溶媒の水分子が効率的なエネルギー受容体として働いていることを明らかにした。これらのデータを基に、タンパク質内のエネルギー散逸を支配する構造的因子を明らかにした。さらに、温度プローブ分子であるトリプトファンのアンチストークスラマンスペクトルの温度依存性を定量的に調べ、タンパク質の特定の部位について過渡的な温度を定量的に評価できるようにした。これまでに測定したチトクロムcの過渡的な温度を算出したところ、タンパク質内エネルギー移動に異方性があることを示唆する結果が得られた。
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