研究課題
多重不安定性物質(EDO-TTF)2PF6の相転移挙動について、前年度に引続きドナー分子の一部をメチル誘導体MeEDO-TTFでランダムに置換した混晶の結晶構造の温度依存性を検討した。また、同形構造をもち転移温度は低くなるが母体と同様に三種の機構の共同発現により金属-絶縁体転移を起こすSbF6塩について、光誘起相転移の検討を行った。低温相に対するパルス光の照射により生じる中間状態(光誘起相)がPF6塩では10 ps桁の寿命しか持たなかったのに対して、SbF6塩では3,000 ps以上経過しても中間状態を保っていることが判った。閉殻陰イオン部位を含むTTF誘導体の開拓については、初年度に計画したホスホン酸残基を持つTTF誘導体の合成経路の確立を目指したが、収率良く高純度の目的物を得ることは困難であった。陰イオン部分としてカルボン酸残基を持つテトラカルボキシTTF の2価陰イオンを用いる錯体開拓を試みた。本化合物については、TTFとの2:1錯体が報告されてはいるが、同時に電解法による錯体作製時に分解反応が起きる可能性も報告されていた。本年度はこの2価陰イオンの錯体作製能力を見極めるため、比較的イオン化しやすいTTF誘導体との錯体作製を試みた。テトラメチルTTF、およびオクタメチレンTTFを用いランダム置換型ではない混晶を得た。他のEDO-TTF誘導体を用いた相転移物質の開拓研究については、塩素置換体が従来にも増して多様な陽イオンラジカル塩を与えること、ならびにヨウ素置換体が対成分とヨウ素結合を持つ陽イオンラジカル塩を与えることが判った。BEDT-TTFを導電性成分とする新規超伝導体や、より大きなπ共役系を持つC60などの錯体開拓も行った。スピンフラストレーションを示す錯体や、-1/3価のC60を含む金属的挙動を示す錯体などを得た。
2: おおむね順調に進展している
新規な機構による相転移を起こす分子性導体の開拓を行う本研究は、分子性物質の持つ機能性を引き出し、遍歴電子系の基礎科学的な理解を進めるとともに、相転移に伴う物性変化を利用した応用技術の基礎を与える課題である。この研究目的の達成に向け、本研究課題申請書に記した研究計画に沿って多重不安定性物質の相転移挙動の検討ならびに閉殻陰イオン部位を含むTTF誘導体の錯体開拓を主たる課題として研究を遂行している。前者では物質合成と構造・物性の測定がほぼ完了しているが、同時に誤差(標準偏差)を考慮した数値データの処理に多大な時間を要することも判明している。現在、継続的に解析を進めている。また、対イオンの嵩高さが異なる同形錯体について、光照射に対する応答が母物質とは大きく異なると言う興味ある結果を見出した。陰イオン部位を持つTTF誘導体については、当初標的化合物としてホスホン酸残基を持つ誘導体の大量合成が困難であることから、カルボン酸残基を持つTTF誘導体に研究対象を移した。電解法による第2のTTF誘導体との錯体作製については、部分的にカルボン酸置換TTFの分解反応も見られたが、異種TTF誘導体がランダム置換型ではなく長距離秩序を持って充填した錯体を得ることが出来た。上記ふたつの主課題からさらに物質群の枠を広げるために進めている他の物質開拓についても新規超伝導体を含む数多くの新規物質が得られている。以上の進展状況から、自己点検による評価を上記の通りとした。
主課題の第一である多重不安定性物質の相転移挙動については、高温相から中間状態を経て低温相に至る混晶について、各温度での結晶構造を原子座標の誤差を含めて解析し、中間状態の構造的特徴を明らかにして行く。第二の課題であるTTF誘導体の合成については、主たる研究対象をカルボン酸残基を持つTTF誘導体として第2のTTF誘導体や他のドナー分子との錯体開拓を行う。他のπ共役分子を用いた電荷移動錯体の開拓も、新規相転移物質の開拓の視点から並行して進めて行く。
初年度報告書にも記載した通り、研究計画調書記載の研究経費に対して交付決定額が少なく、申請していた設備備品を購入すると試薬等の消耗品が購入できなくなり本課題の研究を遂行できないことが判った。しかし、偶然にも申請していた備品(質量分析計)を研究代表者所属の研究機関内で別途使用できる様になり、本研究課題を遂行することが出来る環境は整った。また、初年度のみならず2年度目以降も研究計画調書に申請した研究費に比べて交付内定額が少なく、当初予定の設備備品を購入しなかったことによる余剰分を基金として、毎年度の物品費・旅費等に充てることとした。
3年度目以降も研究計画調書に申請した研究費を確保することはできないが、基金分を用いて各年度についてできるだけ当初予定に近い物品費・旅費等を確保し研究を推進する。
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