固形がんなどの疾患部位には低酸素細胞が発生することが知られている。本年度は、まず、蛍光色素クマリン部を備えたルテニウム錯体(Ru-Cou)を作成し、細胞内酸素濃度変動のレシオ測定を試みた。ルテニウム錯体は、600 nm付近に発光極大をもつりん光を発する。このりん光は酸素分子により消光される一方、酸素が除去されると発光は回復する。すなわち、酸素濃度に対応した可逆的な発光挙動を示す。一方、クマリン部は470 nm付近に酸素非応答性の蛍光発光を示す。これらルテニウム錯体とクマリン分子の二つの発光を用いて、酸素濃度のレシオ測定が可能となる。 合成したRu-Couをヒト肺がん細胞A549に投与した後、ルテニウム錯体ならびにクマリンの発光を共焦点顕微鏡で観察した。その結果、低酸素環境ではルテニウム錯体の発光、クマリンの発光が共に強く観測された。一方、酸素濃度を上げると、クマリンの発光は見られるものの、ルテニウム錯体の発光は大きく抑えられた。続いて、再度低酸素環境に戻すと、ルテニウム錯体の発光は回復し、クマリンの発光とともに強く観測された。これらの結果は、Ru-Couは酸素濃度変動をレシオ測定によって可視化する分子プローブとして機能することを示している。 次に、細胞核内の酸素濃度を検出する分子プローブの構築を目的として掲げ、ルテニウム錯体に細胞核染色試薬であるヘキスト分子を導入した分子プローブを設計、合成した。 数段階を経て、ルテニウムの配位子フェナントロリン基にヘキスト分子を導入した新規核内酸素濃度センサー(Ru-Hoechst)を合成した。Ru-HoechstをA549細胞に投与したところ、核内に取り込まれることを明らかにした。また、脱共役剤を用いて細胞内の酸素濃度変動を誘起したところ、核内の酸素濃度変化に伴って、Ru-Hoechstの発光強度が変化することを確認した。
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