本研究では弾性率や凝着エネルギーなどの力学物性値をナノスケールの空間分解能で画像化できる、研究代表者がこれまで開発してきたナノ触診原子間力顕微鏡(AFM)を粘弾性計測が可能となるように発展的に拡張することを目的にしている。具体的には6桁におよぶ広帯域の周波数掃引を行えるようにし、それによって線形粘弾性理論の根幹である温度時間換算則における最重要なパラメーターであるシフトファクターを、巨視的な粘弾性計測装置が計測するそれよりも精密に計測することを目指している。平成27年度には完成したナノレオロジーAFM ver.Iを用い、カーボンブラック充填スチレンブタジエンゴムなどをモデル試料として、その周波数応答を測定し、他手法では決して得ることのできない以下の結論を得た。 500 Hzの微小振動に対する損失正接マップでは、フィラーとの界面領域で損失正接の値がマトリックス領域よりも低くなっていることがわかった。さらにマスターカーブ測定から、基準温度を同じ値に設定した場合に損失正接のピークが界面で低周波数側にシフトしていることもわかった。界面領域の粘弾性情報はゴム業界、特にタイヤ業界がその開発現場で最も欲している情報のひとつであるため、このような結果が得られた波及効果は大きい。 平成28年度には最終目標、本手法を真の分散地図を描く手法として昇華させるための温度制御システムを実装した。そのために前年度のシステムを徹底的に見直し、ナノレオロジーAFM ver.IIを立ち上げた。スチレンブタジエンゴムを対象に行った原理確認実験では、測定温度10-60℃,周波数帯域1 Hz-10 kHzで測定を行い、巨視的な粘弾性データとよく一致したマスターカーブを得た。これによって本装置がレオメーターと同等の定量性を持ち、かつ、ナノスケールの粘弾性を測定することができるツールであることが確かめられた。
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