本研究では、タスクスイッチングというヒトも含めた霊長類特有の認知機能の分子メカニズムを解明するため、我々が独自に開発した「判断切り替え」の系をサルに適用し、NMDA受容体が判断の形成と切り替えのどの部分に作用しているのかを解明することを目標とする。 昨年度に引き続き、認知機能障害モデルとしてよく用いられているケタミン(NMDA受容体拮抗薬)低用量全身投与前後のLIP野ニューロン活動を計測した。LIP野は眼をどちらに向けるかの判断に関連した情報収集を担当し、知覚判断課題時には刺激強度依存的な漸増(build up)活動を示すことが知られている。ケタミン投与前は、刺激呈示から刺激強度依存的build up活動が始まるまでの時間が約200ミリ秒であったが、ケタミン投与後はその時間が約60ミリ秒延長することを解明した。これは、反応時間が刺激強度によらず、一定時間(約60ミリ秒)延長するという行動学的なデータと合致する。コントロールとして、生理食塩水の投与も行ったが、生理食塩水投与では反応時間の延長、LIP野ニューロンの刺激強度依存的build up活動開始の延長のいずれも見られなかった。また、感覚情報表現を司る大脳皮質MTからニューロン活動を記録をし、同様にケタミン低用量全身投与実験を行ったが、反応潜時の延長は見られなかった。 これら結果は、ケタミンが判断に関わる情報収集の開始の調節に影響を与えていることを示している。情報収集開始の制御は柔軟な判断を行うのに重要であると考えられるが、本研究では神経活動としてその制御を捉えるのに成功した。
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