DYRK2は乳癌や卵巣癌をはじめとする様々な癌種において発現が減少しており、低発現の癌では抗癌剤耐性を獲得し予後不良である。そのようなDYRK2低発現癌に対して特異的に作用する治療の探索を進めている。まずDYRK2を恒常的にノックダウンした乳癌細胞株において、mTOR pathwayの活性化がマイクロアレイを用いた解析により明らかとなった。mTOR阻害剤であるエベロリムスを添加すると、DYRK2低発現の乳癌細胞ではコントロールと比較し感受性が増加した。Xenograft modelにおける検討では、DYRK2ノックダウン細胞は細胞障害性抗癌剤よりもエベロリムスでの腫瘍増殖抑制効果が高かった。これらの結果より、DYRK2の発現が低い乳癌ではエベロリムスが特異的に作用することが示唆された。また、DYRK2とmTORの直接的な制御メカニズムについて明らかにした。すなわち、DYRK2がmTORの631番目のトレオニンをリン酸化することで引き続いてFBW7を介したユビキチン・プロテアソーム系による分解が生じていることが判明した。またDYRK2の発現抑制により、mTORが分解から逃れて安定化することや、このトレオニン残基にリン酸化されないアミノ酸に置換することでユビキチン化の消失を見出した。さらに臨床検体を用いた研究では、DYRK2とmTORの発現は逆相関を示すことや、DYRK2低発現の再発乳癌においてエベロリムスが有意に予後を改善することを示した。以上より、DYRK2低発現乳癌ではmTORのリン酸化不全によりmTORの蓄積が生じるため、mTOR阻害剤であるエベロリムスが有効な治療法として有望であることが、分子メカニズムの解明を通じて明らかとなった。
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