前課題で分析したエゾヤチネズミ個体群において,北海道の属島である小さな島ではmtDNAの多様性が低いが,北海道本島の個体群ではmtDNAとncDNA両方の多様性はともに高いというパターンを見いだした。本研究の目的は,このパターンの一般性を他の地域の個体群を分析することによって確かめ,さらに文献調査によって哺乳類の他種と鳥類において,このパターンの一般性を実証することである。また,集団遺伝学理論と実証データとの整合性を個体群の内部構造に着目して説明することも目的とした。 本研究の目的にそう先行研究から,哺乳類21種から132個体群,鳥類23種から113個体群の遺伝的多様性に関するデータを得た。その結果,ほとんどの個体群において理論値よりもmtDNAの多様性が高かった。 ヤチネズミ個体群において,mtDNAに基づく個体群構造とncDNAに基づく分集団構造を比較した。その結果,mtDNA分集団がncDNA分集団よりも小さいことが明らかになった。これは,メスは出生地に留まるが,オスは分散するという分散行動の性差の結果であると考えられた。 観察されたmtDNAとncDNAの多様性の関係を説明するために,個体群構造を組み入れたシミュレーション分析を行った。その結果,哺乳類,鳥類個体群でmtDNAの多様性が理論値よりも高いという現象は,mtDNAの突然変異率がncDNAのそれよりも高いという性質によって説明できた。また,実証データの大きなばらつきは個体数変動の結果であると考えられた.哺乳類,鳥類個体群間で観察されたパターンの違い(哺乳類でmtDNAがより高い傾向がある)は,分散行動の性差の違いで説明されることがわかった。この結果,遺伝的多様性の維持機構において個体群構造が重要な機能を持つという報告者の仮説が支持された。
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