研究課題/領域番号 |
26291089
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
嶋田 正和 東京大学, 大学院情報学環, 教授 (40178950)
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研究分担者 |
松山 茂 筑波大学, 生命環境科学研究科(系), 講師 (30239131)
笹川 幸治 千葉大学, 教育学部, 助教 (30647962)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 寄生蜂 / マメゾウムシ / 産卵学習 / スイッチング捕食 / カイロモン / 化学分析 / バイオアッセイ / 化学コミュニケーション |
研究実績の概要 |
代表の嶋田は修士院生古瀬を指導し、ゾウムシコガネコバチAnisopteromalus calandraeを対象に2種の宿主アズキゾウムシとヨツモンマメゾウムシの産卵学習に基づくスイッチング捕食を研究した。羽化し交尾した雌蜂に、片方の宿主種を48時間産卵学習を経験させた後、もう片方の宿主を時間を変えて産卵学習させ、最後に個々の宿主種のヘキサン抽出物を表面に塗布した豆(宿主幼虫は生育せず)と対照豆を容器に並べて、各豆への触角接触や針刺し行動を調べた。新たな宿主種に産卵学習を経験することで、どの程度迅速にスイッチング捕食(宿主選好性の切り替え)が起こるか把握できる。また、A. calandrae産卵学習を顕著に示す)と同胞種のA. quinarius(産卵学習効果を示さない)を用いて、日毎の繁殖力と生存率から推移行列の解析を行い、表現型可塑性と競争要因を含めた推移行列解析の拡張を進め、2つの学会で口頭発表した。さらに、国立情報学研究所特任研究員の阿部(嶋田研OB)と共同して、無情報下での探索歩行では最適と評価されているLevy歩行の数値解析から、天敵が存在する条件下ではLevy歩行は最適ではない結果が得られ、PLoS Comput. Biol. に発表した。 分担者の松山は嶋田研特任研究員・柴尾と共同して、寄生蜂の産卵学習に関与するカイロモンを特定する研究を進めた。宿主2種の化学物質を採取し、バイオアッセイと物理化学的分画を組み合わせて候補化合物を絞り込み、機器分析して構造を推定した。さらに候補化合物を合成し、天然物の分析結果と比較して一致することを確認後、バイオアッセイ実験をおこなった。その結果、寄生蜂が利用するカイロモンは、宿主由来の分枝鎖飽和炭化水素であることが確定した。 分担者の笹川は、終齢幼虫期と蛹期をともに寄生する寄生蜂Heterospilus prosopidisの刺激一般化の実験を進め、現在投稿中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
寄生蜂ゾウムシコガネコバチ(A. calandrae)のスイッチング捕食行動が産卵学習に由来することを定量的に把握する実験的方法論が整った。寄生蜂が産卵学習に使うカイロモンの実態は、宿主の体表炭化水素でヘキサン抽出画分であることが分かったので、繰り返しを増やしながらスイッチング捕食の学習全体像を解明することが可能となった。また、2種の寄生蜂A. calandareとA.quinariusの表現型可塑性と競争を含めた推移行列の解析では、ハチミツを与えるとA. quinariusは産卵数と寿命を大幅に増加し顕著な表現型可塑性を示すことが分かった。宿主2種への産卵学習による選好性のスイッチングが産卵学習の経験蓄積によるならば、A. quinarius もスイッチング捕食を示す可能性が予測できる。また、松山と柴尾の班は、宿主2種の化学物質を抽出し、柴尾によるバイオアッセイ行動実験とGC-MSやモレキュラーシーブを組み合わせて候補化合物を絞り込み、構造を推定した。さらに候補化合物を合成し、宿主体表由来の天然物の分析結果と比較して一致した。バイオアッセイ実験の結果、寄生蜂A. calandareが利用するカイロモンは宿主由来の分枝鎖飽和炭化水素であることを確定し、化学合成の最終段階に来ており、体表炭化水素のヘキサン抽出画分との比較する段階へ迫った。嶋田・笹川の寄生蜂の刺激一般化は新しい視点による実験結果であり、寄生蜂の学習行動の一端を示すものである。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度では、昆虫の成功-報酬系の神経伝達物質オクトパミンを対象に、アゴニスト(生体と同じ効果の薬剤)とアンタゴニスト(抑制効果の薬剤)を投与することで、寄生蜂の寄生学習行動がどのように変化するかを観測する。昆虫のオクトパミンン作動性ニューロンは報酬学習の成立に必要であることが知られている。今回は、寄生蜂のオクトパミンのアゴニストとアンタゴニスト(抑制効果を持つ薬剤エピナスチン)を投与することで、寄生蜂の「匂いに触れる経験」と「産卵の経験」に成功-報酬系ニューロンが関与すれば、条件づけされた宿主への選好性が上がり寄生率は高まり、逆に、アンタゴニストで寄生率が低下するかを観測する。さらに、条件づけの学習で得た選好性について、どの長さの記憶保持が関係するのかを、オクトパミン/そのアンタゴニストの投与との関連も含めて分析する。また、嶋田は阿部と共同研究することで、寄生蜂に神経行動学の学習要素を入れた個体ベースモデルは、宿主2種への選好性を各々定式化する。脳-神経系の学習過程として、Rescorla-Wagner方程式を組み込んで解析を進める。さらに、3者系の連立微分方程式に以上の学習過程を組み込み、宿主2種の交替振動が発生する大局安定性(global stability)の条件を解明する。松山と柴尾は、寄生蜂が利用するカイロモンの化学合成を完成させ、バイオアッセイにより、その化学物質がカイロモンであることを確認する。
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次年度使用額が生じた理由 |
分担者の所属機関が変更となり新たな機関での飼育環境・許可の整備に時間がかかり実験の開始が遅れ予定していた試薬等の購入ができなかったため。
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次年度使用額の使用計画 |
飼育環境が整備できたため、試薬等を購入し実験を進める。
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