研究課題
長野県松本市から塩尻市では,マツ材線虫病の先端地は5km/年の速度で広がった。その地域内の激害地A,発生継続地B,発生先端地C,未発生地Dのアカマツ林に調査区(30m×30m)を設け,5粘着トラップ/林分を2016年5月から10月まで設置し,また,アカマツ新鮮丸太を林分内に置いて媒介昆虫を捕獲した。前年と比較して,林分Aではマツノマダラカミキリ成虫(以後マダラと略)が増加し,カラフトヒゲナガカミキリ(以後カラフトと略)が減った。これに対して,林分Cではカラフトだけでなく,マダラが捕獲された。林分BとDはそれぞれマダラとカラフトだけが捕獲された。枯死木からは病原線虫だけが検出された。カラフト成虫1頭から病原線虫と非病原線虫が分離された。マダラ成虫8頭は病原線虫だけを,1頭は非病原線虫だけを,5頭は2種線虫を保持し,雑種F1と核細胞質雑種の線虫個体が発見された。つまり,野外での遺伝子浸透が確認された。マツ材線虫病の流行に伴いマダラは大発生する。大発生前のマダラの雌では,体重の増加とともに急激に翼荷重が増加するのに対して,大発生期間中には体重の増加は翼荷重の急激な増加をもたらさない。樹体内の幼虫密度が成虫の体重と翼荷重に及ぼす影響を明らかにするために,12本のアカマツ生立木に成虫を放して産卵させ,卵密度の異なる木を作った。産卵前期間に及ぼす体重と幼虫密度の影響を調べるために,アカマツ小丸太に1,2,4頭の孵化幼虫を接種した。雌成虫の産卵前期間は体重が重いほど長くなったが,密度の影響を受けなかった。また, 台湾産と日本産のマダラの正反交雑によって,日本産と台湾産の純系の休眠率1.000と0.176に対して,交雑個体群のそれは1.000と0.979を示した。兄妹交雑によるF2の休眠率は,日本産純系1.000,台湾産純系0.783,雑種個体群0.915,0.896であった。
2: おおむね順調に進展している
野外で病原線虫の種間交雑が確認でき,非病原線虫との間で遺伝子浸透が起こっていることが確認できた。このことは実験的には証明されていたが,野外で起こっているかどうかの確認はできていなかった。また,この成果から,病原線虫は種間交雑によって遺伝的変異を高めると考えられた。媒介昆虫の大発生に伴い,分散能力が低下しにくいことが野外で初めて示された。これらの成果によって,冷涼地におけるマツ材線虫病の流行の理解が進んだ。野外研究や実験によって確実にデータが蓄積されているのに対して,シミュレーションモデルの作成は少し遅れている。
研究は概ね順調に進展しているので,このまま継続する。
野外調査地及びその付近での新しい枯死木の伐採や材のサンプリングのため,地権者の了解取得に時間が掛かかった。また,昨年度については試験地内の枯損木被害が想定ほど進まず,調査地管理のための伐採数量が少なかった。そのため,予定していた枯死木伐採等の試験地管理と材片のサンプリング,丸太の運搬,線虫の遺伝子解析等の作業が先送りになった。また,マツノマダラカミキリの室内飼育に必要な,適当なサイズのアカマツ・クロマツの確保や伐倒が遅れた。
今年の材線虫病の感染時期の前に,昨年秋からこれまでに発生した枯死木を伐採する費用と,トラップ枠の設置し直しや材料の費用にあてる。また,本年度は研究最終年であるため、調査終了後の試験地内の枯損木伐倒やくん蒸処理等,地権者へ試験地を返地するための整備費とする。マツノマダラカミキリの室内飼育に必要なアカマツ・クロマツを確保し,伐倒・運送等の費用に当てる。
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