研究課題/領域番号 |
26292164
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研究機関 | 岐阜大学 |
研究代表者 |
志水 泰武 岐阜大学, 応用生物科学部, 教授 (40243802)
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研究分担者 |
山本 欣郎 岩手大学, 農学部, 教授 (10252123)
古江 秀昌 生理学研究所, 生体情報研究系・神経シグナル研究部門, 准教授 (20304884)
平山 晴子 岡山大学, 自然生命科学研究支援センター, 助教 (40635257)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 生理学 / 消化管 / 排便 / 脊髄 / 大腸運動 / グレリン / 下行性疼痛抑制 / 痛み |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、中枢神経による消化管運動の制御機構を解明し、下痢や便秘に対する新たな治療戦略を構築することである。 初年度に行った研究により、脊髄排便中枢に作用して大腸運動を促進するグレリンの作用機序が明らかとなった。また、グレリン以外に排便中枢に作用する生理活性物質が存在するかを検索する実験から、中枢からのノルアドレナリンが重要であることが新たに判明した。ノルアドレナリンは下行性疼痛抑制経路のメジャーな神経伝達であることから、脊髄のレベルで過剰な痛み情報を抑制するシグナルが、大腸運動を変化させるという新規のセオリーを提唱するに至った。そこで今年度は、アドレナリン作働性神経とともに、下行性疼痛抑制経路を構成するドパミン作働性神経、セロトニン作働性神経にも同様の作用があるか否か検証した。 in vivoで大腸運動を評価する実験系を用いて検証した結果、排便中枢のある腰仙髄部に微量投与したドパミンやセロトニンが、大腸運動を強く亢進することが明らかとなった。このような大腸運動亢進作用は、脊髄と大腸を繋ぐ骨盤神経の切断で消失した。さらに詳細な検討をドパミンについて行い、骨盤神経の細胞体にドパミン受容体が存在することが免疫組織化学的な実験により明らかとなった。逆行性トレーサーを大腸に適用し、脊髄内で大腸と連絡する神経(脊髄副交感神経核ニューロン)を染め出した後、スライス標本を作製しパッチクランプ法でドパミンに応答する神経を調べた。その結果、ドパミンがD2-like受容体を介して神経活動を亢進させることがわかった。このように本年度の目標として掲げた下行性疼痛抑制経路と大腸運動の関係が、脊髄内での作用機序を含めて明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度までの研究で、脊髄排便中枢におけるグレリンの作用機序を詳細に検討し、視床下部に存在するグレリン作働性神経とは性質の異なる神経が脊髄の排便中枢に存在することを明らかにした。ただしこのような大腸運動を亢進させる仕組みが、生理的にどのような状況で機能するのかは不明であった。グレリンという単一の生理活性物質に焦点を絞るのではなく、網羅的に排便中枢を活性化する因子を見出すことで、生理学的な意義に迫ろうとするのが本研究の計画であった。初年度に明らかとしたノルアドレナリンに加えて、本年度の研究によって、ドパミンやセロトニンにも脊髄排便中枢を活性化する作用があることが明らかとなった。この研究成果の意義は大きく、痛みと大腸運動の調節という一般的には関連性が見出せない要素が結びつき、過剰な痛みが下痢や便秘の誘因となるという新しい考え方を提唱するに至った。過敏性腸症候群の下痢や便秘、あるいはパーキンソン病における慢性的な便秘に対する新しい治療戦略へ繋がる可能性がある。ノルアドレナリンの作用についてまとめた論文は、Scientific Reportsに公表されており、その内容が新聞報道された。また、ドパミンの作用についてまとめた論文は、Journal of Physiologyに受理されたが、注目すべき論文として解説がつけられることとなっている。このようにインパクトの強い雑誌に成果を公表できていることも考慮し、おおむね順調に進展していると自己評価した。
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今後の研究の推進方策 |
今後は申請書に記載した計画とともに、新たに見出された下行性疼痛抑制経路と排便制御の関連性を追究する実験を進める予定である。これまでの研究では、脊髄に微量投与したノルアドレナリン、ドパミン、セロトニンが大腸運動を亢進することを示したが、現時点ではこれらの神経伝達物質が中枢からの下行性神経により供給されるという予想をしている段階である。実験的な証拠を積み重ね、腹部臓器の発する痛みが端緒となって、脳からの下行性疼痛抑制経路が実際に活性化し、その結果として大腸運動が亢進することを示す必要がある。また、はっきりとした痛みの元となる刺激がないにも関わらず、慢性的な痛みを認知する状態(痛覚過敏)で、不必要な大腸運動の亢進が起こることが、過敏性腸症候群の下痢や便秘の原因であることも証明すべき課題である。 これらの課題に取り組み、当初の目的を達成するために、最終年度は以下のような実験に取り組む。脳の特定の神経核(青斑核、黒質網様体、線条体等)を電気的あるいは化学的に刺激し、大腸運動が亢進するか否か調べ、亢進するのであれば脊髄排便中枢にノルアドレナリン、ドパミン、セロトニンの拮抗薬を投与し作用が消失するか検証する。また、大腸に痛みが加わったときに下行性疼痛抑制経路が働いて大腸運動が亢進することを確かめるために、大腸内にカプサイシンを投与して大腸運動の変化を調べる。大腸運動が亢進した場合には、胸部脊髄の切断を施し、下行性疼痛抑制経路が関与していることを証明する。また、排便中枢に阻害剤を投与して、下行性疼痛抑制経路の関与を証明する。免疫組織化学的手法、スライス標本やin vivoの脊髄神経を対象とした電気生理学的手法も活用し、排便中枢への入力系を痛みと関連づけながら解明する。
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