研究課題
植物細胞の細胞膜上に存在する機能ドメインの構造と、その生理機能に迫るべく研究を行っている。特に本研究は、酸化ストレス誘導性細胞死の抑制因子BI-1と相互作用する因子として、スフィンゴ脂質代謝関係の酵素タンパク質が単離されたことからスタートしており、それぞれの因子の発現量を変化させた植物の作出とその表現型をマイクロドメインの構成変化と環境ストレスに対する応答性の変化の観点から捉え、解析を行っている。今年度も引き続き、BI-1との物理的・機能的相互作用が推測されている因子(FAH、SLD、ELO)に関する研究を推進した。本年度の主な成果として、CRISPR/Cas9システムを用いたゲノム編集技術によりFAHの完全欠損体の作出に成功したことがあげられる。シロイヌナズナにはFAH1とFAH2の2つのスフィンゴ脂質ヒドロキシル化酵素遺伝子が存在する。これまで、FAH2についてはT-DNAが挿入されたノックアウト株を入手し研究に使用する事ができていたが、FAH1についてはT-DNA挿入株が存在せず、RNAi法によるノックダウン株を用いた研究のみが可能であった。したがって、両者を交配した二重変異株も完全なFAHの欠損体とは言えなかった。昨年度、ゲノム編集により作出に成功したFAH1完全欠損株とFAH2 KO株の交配により、FAHの完全欠損体を得る事ができた。この個体は、通常の生育環境下で生育が若干悪くなる事から、スフィンゴ脂質のヒドロキシル化が病原菌への応答や酸化ストレス耐性に関与するばかりではなく、正常な植物体の生育のためにも必要な因子であることが明らかとなった。今後、この植物系等を用いた病原菌応答を解析することにより、スフィンゴ脂質のヒドロキシル化と細胞膜マイクロドメイン構成の関係、さらには病原菌応答シグナル応答における役割について新しい知見を得る事ができると期待できる。
1: 当初の計画以上に進展している
これまで得ることができていなかったFAHの完全欠損株をゲノム編集技術を適応することにより、初めて得る事ができた。この系統を解析に用いる事により、さらに明確にスフィンゴ脂質の修飾の様式が細胞膜ラフトの構造にどのような影響を与えるのかを詳細に調べる事ができるようになった。また、この過程で、完全欠損体に生育阻害が現れ、スフィンゴ脂質のヒドロキシル化が、通常の植物体の生育に必須であるという予想していなかった成果も得られ、この分子の機能に関する新たな展開も期待できる状況となった。また、同時に研究を進めてきたELO(スフィンゴ脂質にまれる脂肪酸の伸長に関与する酵素)に関する研究成果についても現在、学術論文への発表を目指して論文作成中となっており順調に研究は推進されている。その他、スフィンゴ脂質不飽和化酵素(SLD)についても発現量を変化させたイネ、シロイヌナズナの表現型解析の結果が揃いつつあり、今年度も数件の学会発表を行う事ができた。概ね順調に研究は進んでおり、これらについても近々、学術論文発表としての講評を目指し、データの精査を進めているところである。
本研究は、本年度が最終年度にあたっていたが、1年の延長を予定している。この間に、これまでに得られたデータを精査し、学術論文への発表をおこなう。当初予定していなかった、FAH完全欠損体の生育阻害の表現型が得られ、この点についても、さらに実験を追加して行う。また、シロイヌナズナのみでなく、イネでも同様の遺伝子発現を変えた系統の作出が進められている。イネでは遺伝子組換え系統の作出により時間を要するが、概ね予定通りの実験を進めることができる見込みである。今後は、得られた植物系統を用い、酸化ストレス応答の変化を精査する。また、系統間の交配により、多重変異体を用いた実験が可能となる。どのようにスフィンゴ脂質の組成が変化したのかをLC-MS/MSをもちいたリピドミクスで詳細に調べる事と併せて、これらの変化が植物の環境応答メカニズムにどのように影響を与えたのかを明らかにすることができると考えている。また、今後の展開には、スフィンゴ脂質の量や質を改変した植物系等で、膜の性質がどのように変化したのかを分析する事が必要である。膜の流動性や膜の表裏を議論することを可能にする実験手法については、蛍光試薬を用いた方法を検討しているが、感度や分析手法の困難さが課題となっており、研究推進のためにはさらに検討が必要であると考えている。
(理由)昨年度生じた代謝物測定の為の装置のメインテナンスの影響で、今年度もそのまま予定が全体的に後ろにずれている。また、ゲノム編集により新系統が作出できた。この系統を使用した実験を追加で行う為、次年度使用額が生じた。(計画)実験の計画本体は、ほぼ予定していた内容で終了している。次年度は、これまでに得られた結果をまとめることがメインとなる。ゲノム編集系統を用いた追加実験を行うための消耗品の購入を予定している。さらに、学会発表および学術誌への成果報告をおこなうために必要な経費として支出を予定している。
すべて 2018 2017 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 1件、 査読あり 4件) 学会発表 (14件) (うち国際学会 6件、 招待講演 1件)
Plant Physiology and Biochemistry
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