研究課題
1.口渇感(水欲求)と塩欲求を制御する神経機構の解明:オプトジェネティクス(神経活動の光操作技術)や電気生理学的解析により、脳弓下器官(SFO)の口渇感と塩欲求を担うニューロンを同定し、それぞれを水ニューロン、塩ニューロンと命名した。さらに、SFOに水ニューロンを抑制するの抑制性ニューロンが存在し、塩欠乏時にコレシストキニン(CCK)によって活性化されること、それとは別に塩ニューロンを抑制する抑制性ニューロンが存在し、脱水時にNaxを発現するグリア細胞からの乳酸によって活性化されることを明らかにした。これにより、体液状態に応じた口渇感と塩欲求制御機構が解明された(Nature Neurosci.2017)。2. TRPV4とNaxが口渇感制御に関与する神経機構の解明:高張食塩水の脳室内投与によって誘発される飲水行動の脳内機構を解析した。従来脳の浸透圧センサーとして提唱されてきたTRPV1やTRPV4が食塩水投与による口渇感の調節に関与していないことを行動実験により証明した。一方、TRPV4がNaxの下流でEETを介して活性化し、飲水行動を活性化するという新しい機構の存在が明らかになった (Am J Physiol, 2016)。3. 新しい高Na血症発症機構の提唱:原因不明の持続性高Na血症患者を多数解析し、その中にSFOを認識する自己抗体が体内で産生されている患者を複数見出した。患者血清を用いた動物実験から、SFOの炎症により口渇感や高利尿ホルモンの調節機構が失われ高Na血症になる新しい疾患として報告した(Brain. Pathol. 2016)。
1: 当初の計画以上に進展している
当初の計画に従い、塩分摂取行動の制御におけるアンジオテンシンII(AngII)の作用機構について解析を行ってきたが、思いがけず、塩分に加えて水分摂取行動の制御機構についても明らかにすることができた。1970年代にAngIIを脳内に投与すると水分や塩分摂取が誘発されることが示されて以来、そのメカニズムの解明が俟たれていた。本研究において、世界で初めて口渇感と塩分欲求を担うニューロンを同定し、AngII受容体AT1aを介して駆動されることや、その投射先、さらに局所神経回路による体液状態に応じた制御機構までも明らかにすることに成功した(Nature Neurosci.2017)。さらに、TRPV4がNaxの下流で飲水行動制御に関わる機構も、予想外の発見であった。TRPV4は2000年にLiedtkeらによって報告されて以降、15年以上にわたり浸透圧センサーであると信じられてきた分子である。我々も、その仮説に従って解析を進めてきたが、まったく予想外のことに、TRPV4は浸透圧センサーではなかった。センサーではなく、内在性の活性化物質であるEETによって活性化され、それによって飲水行動が誘発されていた。驚いたことに、TRPV4を活性化するEETはNa+センサーであるNaxの活性化を受けて産生されていることが明らかになった。我々は、既に、浸透圧センサーとされていたTRPV1が飲水行動の制御に関与していないことを明らかにしている。今回の成果は、これに加えて従来の常識を覆す成果として、飲水行動の制御機構の解明に大きく貢献するものと考えている(Am J Physiol, 2016)。また、2010年に高Na血症の症例を報告して以降、多数の症例解析を進めてきたが、その成果をまとめ、SFOを認識する自己抗体産生を原因とする新しい疾患群として報告した(Brain. Pathol. 2016)。
1. 口渇感を担うニューロンの調節にCCKが関与しているという発見について、その詳細の解析を進める。オプトジェネティクスによって、CCK産生ニューロンを局所的に活性化し、飲水行動に影響するCCK産生部位を同定する。さらにそのニューロンの特性を調べ、CCK分泌の制御機構を解析する。2. 我々の研究で明らかになった水ニューロンと塩ニューロンについて、その投射先から、さらに下流の神経回路を解析する。そのために、新たな神経回路同定法の開発も並行して進める。3. 我々の研究で明らかになったNaxとTRPV4による口渇感制御機構について、より詳細な解析によって検証を進める。まず、野生型マウスとNax-KOマウスにおいて脱水時のEETの定量をすることでNaxの活性化によるEETの産生を検証する。さらに、口渇感制御に関わるNaレベル感知中枢の同定を試みる。4. RNA-seqによって見出したSFOやOVLTに特異的に発現する分子の中で、in vitroの解析で高張Na+刺激に対する応答性が確認された分子について、飲水行動の制御に関与しているか個体行動レベルでの検証を進める。さらに、それぞれの分子を発現しているSFOやOVLTの細胞を同定し、作用回路を解析する。5. 浸透圧センサーとして機能し得る機械受容センサー分子について、遺伝子操作による飲水行動への影響を調べる。6. 体液状態が循環器機能に及ぼす影響について検討する。
ウィルス投与実験は、ウィルス実験施設で行うことが義務付けられており、専用の飲水行動測定装置を設置していて実験を行ってきた。元々、8匹分を同時測定する装置であったが、そのうち4匹分を制御していた基板が損傷し、使えなくなった。装置が古く修理不能であったため、止むを得ず、残り4匹分の装置を用いて実験を継続することになった。そのため、当初計画の倍の測定時間が必要になり、研究計画に約5ヶ月の遅延が生じた。
ウィルス投与したマウスを用いた飲水行動測定実験に必要な、マウス購入費、飼育資材購入費、ウィルス調整用の試薬類、ウィルス導入に用いる機材類、飲水行動実験に用いるカニューラの購入費用に充てる。
すべて 2017 2016 その他
すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 5件) 学会発表 (5件) (うち招待講演 4件) 図書 (2件) 備考 (1件)
Brain Pathol
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http://www.nibb.ac.jp/press/2016/12/20.html