研究課題/領域番号 |
26293222
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研究機関 | 長崎大学 |
研究代表者 |
山下 俊一 長崎大学, 原爆後障害医療研究所, 教授 (30200679)
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研究分担者 |
中島 正洋 長崎大学, 原爆後障害医療研究所, 教授 (50284683)
光武 範吏 長崎大学, 原爆後障害医療研究所, 准教授 (50404215)
サエンコ ウラジミール 長崎大学, 原爆後障害医療研究所, 准教授 (30343346)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 内分泌学 / 甲状腺がん / 遺伝子診断 / 発がん機構 |
研究実績の概要 |
FOXE1と甲状腺癌の発癌メカニズム解明についての研究を推進し、甲状腺乳頭癌細胞においては、FOXE1の過剰発現・細胞質への移行がみられ、癌の甲状腺外への浸潤・病期・リンパ節転移と関連があることを報告した。FOXE1は甲状腺特異的な転写因子の一つで、甲状腺の発生・分化・機能維持に重要な役割を果たし、FOXE1遺伝子の近傍にある一塩基多型rs965513、5’UTRに位置する一塩基多型rs1867277は、甲状腺癌の発症リスクが、自然発症と放射線誘発いずれにおいても高い関連性があることを見出した。これらの多型がFOXE1の転写調節に関わっていることが示唆され、rs1867277のリスクアレルである塩基Aは、UCF転写因子のリクルートメントを促進し、FOXE1プロモーター活性を上昇させる。in vitroでのFOXE1過剰発現甲状腺細胞を用いた機能解析に加えて、甲状腺特異的にFoxe1を過剰発現するトランスジェニックマウスを作成し、FOXE1が発癌に及ぼす影響をin vivo解析により検討した。その結果、FOXE1が甲状腺細胞に過剰発現したトランスジェニックマウスでは、甲状腺実質は低形成となり、甲状腺ホルモンの分泌低下で、甲状腺機能低下となると考えられた。血清TSH値は上昇し、甲状腺細胞に増殖刺激を与える。導入したFOXE1の発現は、徐々に抑制され、その発現が低くなった細胞がTSHに反応、分裂増殖し、甲状腺組織を再生、次第に甲状腺機能は回復したと考えられた。甲状腺癌幹細胞の維持に関連する遺伝子群・シグナル伝達経路を同定するため、siRNA Libraryを用いた遺伝子ノックダウンとスフィアアッセイ、および自動セルイメージャーによる解析を組み合わせた新たなスクリーニング法を開発した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
Foxe1トランスジェニックマウスは、二つの系統のトランスジェニックマウスを作出した。どちらも甲状腺に同様の著明な組織学的変化が見られたため、導入遺伝子のコピー数の多い系統を以下の実験に使用した。出生時のマウスには野生型との違いは観察されなかったが、2-3週より著明な成長遅延が見られた。しかし、この低体重は次第に改善し、24週以降はほぼ野生型と同じ体重まで回復した。5-8週では血清TSHの上昇、FT4低下と甲状腺機能低下を示したが、その後、徐々に回復した。組織学的解析の結果、5-8週では、甲状腺濾胞の大小不同、充実性、乳頭状形態も見られ、特に甲状腺実質は著明に減少し、かなりの部分を褐色脂肪組織に占拠されていた。甲状腺濾胞細胞におけるKi-67 labeling indexは高く、活発な細胞増殖を示唆していた。ただし、Ki-67陽性はFoxe1の発現が低い細胞においてのみ見られた。24-48週では、甲状腺実質は増え、濾胞腔は拡大し、部分的に充実性や乳頭状の過形成結節が観察されたが、癌に特徴的な浸潤や核所見等は見られなかった。48週でもKi-67 labeling indexは野生型と比較してなお高く、マクロ的な所見も含め、多結節性甲状腺腫と病理診断される。Foxe1の発現は週齢と共に減少し、48週では野生型との差は認められなかった。Foxe1過剰発現マウスモデルへ放射線を照射したところ、線量依存的な過形成の小結節形成が観察されたが、ここでも発癌は認められなかった。さらに、Ptenノックアウトマウスとの交配で、甲状腺癌発症に重要なPI3K-Akt経路を活性化する二重遺伝子改変マウスを作成したが、小結節形成が促進されたものの、明らかな発癌は観察されなかった。 これらの結果は、直接的なFOXE1の過剰発現が甲状腺発がんに寄与しないことの証明に繋がり、他の病変である腺腫様甲状腺腫などのモデルとして注目されることとなった。
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今後の研究の推進方策 |
甲状腺癌、とりわけ乳頭癌の発がん機序の解明では、FOXE1の過剰発現の関与について研究を推進して来たが、疾患感受性遺伝子多型(SNPs)には大きな影響を与えるものの、直接的なFOXE1の過剰作用と発がんとの関係が否定的であった。本研究成果を論文として公表する一方、FOXE1に関しては、放射線被ばくの有無でのSNPs調査研究の推進を分子疫学的に行なう予定とした。一方、in vitroにおける甲状腺乳頭癌特異的な新規遺伝子異常(再配列など)の探索を進め、これらの遺伝子異常についての機能解析も推進することとしている。さらに、甲状腺癌幹細胞の維持に関連する遺伝子群・シグナル伝達経路を同定するため、siRNA Libraryを用いた遺伝子ノックダウンとスフィアアッセイ、および自動セルイメージャーによる解析を組み合わせた新たなスクリーニング法を用いて今後の研究を推進する。現在、714のプロテインキナーゼ遺伝子に対するスクリーニングの結果、約100の候補遺伝子が、スフィア形成、おそらくは癌幹細胞の維持に重要な役割を果たしていることを示唆するデータを得ている。候補遺伝子のアノテーションから甲状腺癌幹細胞の維持に関与しているシグナル伝達経路をいくつか特定した中で、PDGFRb/JAK/STAT経路に対するsiRNAが最も効果的にスフィア形成能を抑制していた。また、候補遺伝子のひとつであるPimはこの経路の下流に存在し、NF-kBの活性化に関与することが報告されている。我々はこれまで甲状腺未分化癌細胞はNF-kB活性が極めて高く、アポトーシスを強力に阻害することで抗癌剤耐性に寄与していることを明らかにしている。今後、これらの癌幹細胞維持に関与する細胞内情報伝達系を明らかにし、PDGFRb刺激からJAK、STAT、Pimを介したNF-kBの活性化までのシグナル経路の関与と分子標的治療薬の開発研究を推進する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
甲状腺癌の生物学的特徴を明らかにするために、我々が先駆けて開発したヒト甲状腺正常細胞3次元培養法、、甲状腺正常細胞3次元培養法、甲状腺正常細胞のリポログラミングから再分化法、癌幹細胞のスフィア培養法、遺伝子改変マウスを駆使し、(1)異なった分化ステージ、培養条件における放射線や癌遺伝子導入に対する細胞応答性の違いを解析し、遺伝子不安定性の亢進から発癌への分子病態を詳細に解明する。(2)また、甲状腺乳頭癌のかなりの数が微小癌として長時間潜伏する実情から、その分子機構、また、進行癌へと変化する分子メカニズムを明らかにし、穿刺吸引細胞診による新規予後判定法の確率を目指す。(3)さらにその上で、癌の悪性化、特に癌幹細胞の自己複製・分化に関わるシグナル伝達経路の同定を行い、新たな作用機序の分子標的治療の開発を目指す。
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次年度使用額の使用計画 |
平成26年、27年度の研究継続と同時に、新たなヒト甲状腺癌幹細胞も自己複製、分化進展に関与するシグナル伝達経路を明らかにし、癌幹細胞をターゲットとした分子標的薬のスクリーニングへと展開させる。 免疫不全マウスを用いた移植実験では幅広いターゲットに対するスクリーニングは容易ではないが、本スフィアアッセイを96穴プレートで行うことによりスクリーニングが比較的短時間に施行可能となり、分子標的薬剤の開発応用の妥当性を検証することから始める。本スクリーニング方を活用し、様々なシグナル伝達に関わるキナーゼ遺伝子、DNA結合タンパクをコードする遺伝子を中心に、約1200種類の遺伝子をターゲットとしたsiRNAの影響を検討する。得られた結果をデータベースと照合し、シグナル伝達経路等のパスウェイ・ネットワーク解析を行う。今年度はこれまでの研究成果を総括し、成果発表を目指す。
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