研究課題
昨年度までに明らかにしたATL細胞におけるTAK1-p38経路の活性化の意義を検証した結果、下流のeIF4Eの恒常的なリン酸化を促し、その結果ATL細胞における遺伝子翻訳の異常な活性化を引き起こしていることが明らかになった。翻訳活性化の標的遺伝子には、RNAスプライシングやクロマチン制御に関わる遺伝子が多く含まれており、腫瘍細胞の恒常性維持に関わると考えられた。またTAK1は同時にNF-κB経路の活性化を介して、細胞周期の促進やサイトカインの過剰産生を引き起こすことがわかった。TAK1の阻害はATL細胞に強力にアポトーシスを誘導することから、さらなる解析を進めることでATL細胞の理解につながると考えられた。一方ATL細胞のエピゲノム異常を網羅的に解析し、さらに遺伝子発現との統合解析を行った結果、特徴的なエピゲノム異常が遺伝子の約半数で見られ、遺伝子転写異常の基盤となっていることを明らかにした(Blood, 2016)。さらにこれらの制御するEZH1/2が責任遺伝子であり、ATL及びHTLV-1感染細胞に対する新たな分子標的として有用であることを証明した。ATL細胞での遺伝子発現異常について、これまでATL細胞では多くの遺伝子が過剰発現しており、そのうちCASPASE8、HELIOSなどのmRNAは、異常なスプライシング・バリアントを多く含むことが分かった。そこでH27年度は、健常人CD4+ T細胞(n=8)と急性型ATL患者PBMC (n=16)より単離したmRNAについて、エクソン・アレイ解析を行い、ATL細胞中の異常なmRNAを網羅的にプロファイルした。その結果、正常細胞に比べATL細胞では約10,000種類のmRNAにおいて、エクソンの欠損または重複が有意に起こっているという結果を得た。このようなmRNAの“質”の変化は、コードされるタンパク質の機能に直接関わるものであり、ATL細胞の分子異常の基盤の一つを成していると予想している。
2: おおむね順調に進展している
今年度の成果により、ATL細胞の遺伝子発現の量の異常の背景に、これまでに明らかにしてきたシグナル伝達系の活性化に加え、エピゲノム変化による転写制御異常が極めて重要であることがわかった。さらに、これまでに研究が行われなかった翻訳制御にも取り組み、遺伝子の転写、翻訳の両過程において異なる遺伝子制御を行うことにより、より複雑な遺伝子の脱制御が起こっていることが示された。つまりATL細胞は、セントラルドグマの複数のメカニズムにおいて多段階の異常を包含する。これらの研究成果はATL細胞における遺伝子発現の量の制御の実態であり、原因となるメカニズムに対して多角的に標的とすることにより、より効果的かつ特異的な分子標的療法へとつながると考えられた。またこれらの異常がHTLV-1感染によって引き起こされることも確認しており、ATL細胞の発生と進展における基本的な分子メカニズムとして重要であることが示されている。またそれぞれを特異的に阻害する化合物の選定とその評価も順調に進んでいる。ATL細胞での遺伝子発現の質的異常については、H27年度は健常人CD4+ T細胞(n=8)と急性型ATL患者PBMC (n=16)においてエクソン・アレイ解析を行った。将来的には次世代シーケンサーによるRNAシーケンスを視野に入れ準備を進めているが、より安価で解析のしやすいエクソン・アレイ解析においても、ATL細胞で発現しているmRNAの質的異常の規模が明らかになりつつあり、データベース化にむけて重要なデータセットを取得できたと考えている。
最終年度はこれまでに明らかにしたATL細胞における遺伝子の量及び質の脱制御の分子メカニズムをさらに詳細に研究するとともに、両者の相互関係を検討する。量の制御については、複数のエピゲノム異常(ヒストンのメチル化、ユビキチン化、及びDNAのメチル化)と転写パターンを複合的に解析し、ATL細胞の基本転写制御パターンを明らかにする。また遺伝子翻訳制御については、翻訳開始因子(eIF4EやeIF4A)に注目し、その制御メカニズムを検討するとともに、リボソーム解析と発現アレイを組み合わせて翻訳標的遺伝子群を網羅的に検証する。さらにH27年度は、健常人と急性型ATL患者由来のmRNAについてエクソン・アレイ解析を行い、急性型ATL患者での遺伝子発現の質的異常を明らかにした。今後はより信頼度の高いデータベース構築のため、健常人と急性型ATL患者の検体数を増やす。また、ATLの発症・進展に伴い、HTLV-1感染細胞内でどのように遺伝子発現異常が蓄積するのかを検討するため、無症候キャリアやindolent-type ATL患者のPBMCについてもエクソン・アレイ解析を行う。さらにHAS-Flow法によりATL患者T細胞より分取した非感染、感染、腫瘍細胞についても同様に解析することにより、感染不死化・腫瘍化の過程での遺伝子発現異常の蓄積が明らかになると期待している。H28年度には、これまでに本研究で明らかになったATL細胞でのエピゲノム異常、遺伝子発現異常、スプライシング異常のプロファイルを統合的に解析することにより、ATL細胞における遺伝子発現の“量”と“質”の調節異常の分子基盤と、その生物学的意義の全貌の把握を目指す。
すべて 2016 2015
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (6件) (うち国際学会 3件)
Blood
巻: 127(14) ページ: 1790-1802
10.1182/blood-2015-08-662593
Int J Hematol
巻: 印刷中 ページ: 印刷中
10.1007/s12185-016-2049-4