研究課題
生殖補助医療に伴う初期胚操作が医原性エピゲノム変異の誘因となり、ゲノムインプリンティング異常症を引き起こす可能性を懸念するいくつかの報告が注目を集めている。一方で、明確な両者の因果関係は示されるに至っていない。仮に生殖補助医療による医原性エピゲノム変異が存在するならば、しかもその変異を出生児で検証するのであれば、胎児発育に重篤な影響を与えるゲノムインプリンティング領域にエピゲノム変異を持つ胚は、流産等の初期発生異常で失われやすいと考えられるため、マーカーとして適切ではない可能性がある。そこで我々は、ゲノムインプリンティング以外の領域を中心にDNAメチル化状態を全ゲノム網羅的に解析し、健常な個体にも存在するエピゲノム多様性を検証しつつ、ゲノム多様性も考慮したDNAメチル化状態の評価法、特定の領域に偏重しない可能性があるエピゲノム変異を評価法、の考案と検証を進めた。具体的には、本年度は体外受精による出生児群(体外受精児群と略記)と、自然妊娠による出生児群(自然妊娠児群と略記)を、母体の年齢と分娩時妊娠週数でマッチングさせ、二群間のエピゲノム多様性を比較した。明らかな感染症及び先天異常を伴わない各群症例の臍帯血からゲノムDNAを回収し、マイクロアレイ技術による網羅的DNAメチル化解析(illumina社の DNAメチル化アレイ解析)を行い、既知遺伝子プロモーター領域ほぼ全てをカバーする473,929ヶ所のDNAメチル化状態を定量解析した。併せて網羅的一塩基多型解析を行い、ゲノム多様性を考慮した層別化解析を行った。ゲノム多様性の検証は、250万箇所の一塩基多型情報の主成分分析によって行い、DNAメチル化状態は、47万全プローブDNAメチル化計測値の相関解析及び、ノンパラメトリック手法である Mann-Whitney U検定で比較評価した。
2: おおむね順調に進展している
当初の予定通り、想定した症例数の解析を終えた。その結果、当初想定していた、「ジェネティックな要因(網羅的塩基多型解析による遺伝的背景情報)によるエピジェネティックな解析結果への影響の排除」に成功し、今後のエピゲノム解析を進めていく上で重要な標準化の目途が立った。またこれまでのところ、様々な統計解析で、体外受精による出生児群と、自然妊娠による出生児群間で、当初の我々の仮説を支持する解析結果を得ており、より強固なエビデンスを示すため、統計解析手法には十分な注意を払い、慎重に重ねて検討を進めているところである。
初年度に行うマイクロアレイ技術を用いた網羅的DNAメチル化解析は、遺伝子プロモーター領域をスクリーニングする最も強力な手法の一つである。一方で、医原性エピゲノム変異を余すところなく捉えるには、遺伝子発現に強い影響を与えない領域のDNAメチル化異常(流産などで淘汰されにくいDNAメチル化異常)を、なるだけ広範にスクリーニングすることが望ましい。現在は、バイサルファイトシークエンス法と次世代シークエンサーを組み合わせた全ゲノム領域のDNAメチル化解析が可能であるが、高コストのため多数検体の解析が困難である。そこで、Reduced Representation Bisulfite Sequencing(RRBS)法を用いた全ゲノム網羅的DNAメチル化解析を行う。RRBS法は、制限酵素処理によりCpGアイランド領域を濃縮し、次世代シークエンサーを用いてバイサルファイトシークエンスを行うことで、全ゲノムに散在するCpGアイランドのおよそ8割を解析できる。標的領域を濃縮することで、解析コストを数万円に抑え、多数検体の解析が可能である。我々はすでに、英国のグループとの共同研究により、数百個の卵子から全ゲノム領域網羅的なDNAメチル化解析をするプロトコールを確立している。初年度に解析した症例から、比較的DNAメチル化状態のばらつきが大きい症例(医原性のエピゲノム変異が疑われる症例)を10例選び、非プロモーター領域のDNAメチル化状態を評価する。
雇用予定の方の都合で途中休職されたこと、体調不良で学会参加の予定が変更されたこと、価格交渉と既存解析データの利活用により試薬等消耗品費が当初の予定より少なくて済んだこと、が主な理由である。
試薬代が節約された分は、今後さらに解析症例数を増やすこと、あるいはより解像度の高い手法で再解析し、精度の高い研究成果とするために利用する。
すべて 2014
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (2件) (うち招待講演 2件)
Journal of Human Genetics
巻: 59 ページ: 326-331
10.1038