研究課題/領域番号 |
26293427
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研究機関 | 徳島大学 |
研究代表者 |
山本 朗仁 徳島大学, 大学院医歯薬学研究部, 教授 (50244083)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 末梢神経再生 / マクロファージ / 歯髄幹細胞 / シュワン細胞 |
研究実績の概要 |
末梢神経損傷(PNI)はSchwann細胞(SC)およびマクロファージ(Mφ)は協同し神経再生を促進する。しかし神経切断や神経離断などの神経ギャップを形成する損傷では損傷範囲が炎症反応による線維性瘢痕などに置き換わり、自然修復は困難である。現在は自家神経移植や神経誘導チューブや栄養因子などが利用されるが、完全な機能回復は得られてない。 マクロファージ(Mφ)は、炎症および組織の恒常性に重要な役割を果たす。炎症性M1φおよび抗炎症性M2φはそれぞれMφの活性化状態を表すと考えられている。活性化されたM1φは炎症を開始し炎症促進性サイトカイン、酸化窒素(NO)を高レベルで放出することによって組織の破壊を促進する。一方M2φは細胞破片を捕捉、抗炎症性サイトカインを分泌することにより炎症反応を打ち消し、線維瘢痕の形成を抑制する。過去にラット坐骨神経損傷に足場材料とIL-4を移植し末梢神経の再生を促進する報告があるが、M2φの末梢神経再生メカニズムは不明だ。 我々は過去に歯髄幹細胞培養上清(SHED-CM)が含有するタンパク群が炎症性M1φを抗炎症性M2φへ変換することを見出した。新規M2φ誘導因子としてシアル酸認識レクチン-9の細胞外ドメイン(sSiglec-9)とMCP-1で構成されている。 本研究はSHED-CMやMCP-1/sSiglec-9投与による、ラット顔面神経切除モデル(FNI-rat)の治療効果を検証した。解析の結果、歯髄幹細胞移植、無血清培養上清(CM)及びMCP-1/sSiglec-9の投与は損傷した顔面神経の再生、および神経機能の回復を促した。SHED-CMによる末梢神経再生効果には MCP-1/sSiglec-9によるM2φ誘導能が必須であることが明らかになった。本研究より、ヒト歯髄幹細胞が分泌する因子による新しい再生医療の確立の可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)ラット片側顔面神経(顔面神経頬筋枝と下顎縁枝)の5mm区域切除で、鼻毛運動機能は完全に麻痺する。受傷後6週たっても全く運動機能が回復しない。(2)歯髄幹細胞移植、無血清培養上清(CM)及びMCP-1/sSiglec-9投与によって、鼻毛運動機能は正常側と区別が付かないまでに回復する。(3)歯髄幹細胞CMからMCP-1/sSiglec-9を除去すると、その治療効果が著しく減弱する。(4)ラット顔面神経5mm切除後PBSを投与すると線維化瘢痕組織が形成されるが、歯髄幹細胞CMやMCP-1/sSiglec-9投与群では、瘢痕組織が形成されず神経軸索が再生される。(5)ミエリンと神経軸索の直径計測から、再生した軸索は正常軸索とほぼ同等な神経伝達機能を持つことが示唆された。(6)治療介入後24時間、末梢神経切除部位の炎症環境はM1炎症環境から抗炎症性M2環境に変化した。(7)骨髄マクロファージをMCP-1/sSiglec-9でM2誘導し、遺伝子発現をqPCR法で検討したところ、M2マクロファージはシュワン細胞の増殖、集積、分化に関わる分子を多く発現していた。(8)シュワン細胞をM2マクロファージの培養上清で培養したところ、シュワン細胞の増殖、集積、分化活性が著しく上昇した。(9)M2マクロファージの培養上清は脊髄神経節後根細胞の神経突起伸長を促進し、細胞死を抑制した。(10)歯髄幹細胞CMやMCP-1/sSiglec-9による顔面神経再生効果は、M2マクロファージ除去試薬の投与によって消失した。(11)MCP-1/sSiglec-9を投与した顔面神経損傷部位では、シュワン細胞の増殖、シュワンブリッジ形成に伴う軸索再生が観察された。
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今後の研究の推進方策 |
ラットFNI後のSHED-CMによる機能回復にはMCP-1およびsSiglec-9の組み合わせが不可欠であることを示した。特に、MCP-1/sSiglec-9は神経損傷後の炎症反応で発現するM1を抗炎症M2に誘導し、SCの増殖・遊走・分化の促進と、末梢神経の突起伸長を促進する。自己修復困難な神経ギャップにSCによる架橋を形成し神経軸索を再生し、神経機能回復に寄与した。MCP-1 / sSiglec-9によって誘導されるM2は多種の神経栄養因子を放出することで神経再生に関わる全行程に効果的に作用することが考えられる。今後、M2が産生する主要な神経再生因子の同定を進める。 MCP-1は炎症組織にMφを動員しM1環境形成に寄与する因子として知られている。最近ではsSiglec-9と協調しCCR2を介してM2φを誘導し抗炎症環境を構築するとされている、ユニークなケモカインである。Siglecは細胞質の免疫受容体を介して、免疫細胞の様々な免疫シグナル伝達を調節するシアル酸結合I型膜貫通Ig様レクチンと知られている。炎症および他の細胞応答におけるsSiglecの機能はほとんど知られていない。Full-length Siglec4はSC上に発現するミエリン関連糖タンパク質(MAG)として知られており、Nogo-66受容体のリガンドとして作用することや、ミエリン構造の維持に重要な役割を果たす。これらの知見は、Siglecは様々な細胞の細胞間シグナル伝達に重要な役割を果たし、リガンドおよび受容体の両方として機能し得ることを示唆している。今後、MCP-1/sSiglec-9によるM2誘導メカニズムの解析を進める。特に細胞内シグナル伝達系の概要解明に注力する。
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次年度使用額が生じた理由 |
本申請研究は、「ケモカインMCP-1と分泌型シアル酸認識レクチンsSiglec-9で構成される新規抗炎症性M2マクロファージ誘導因子」による末梢神経再生療法の開発を目指している。研究成果は国内学会(再生医療学会、炎症再生医学会、口腔外科学会など)や国際学会(国際炎症学会、国際口腔外科学会)に発表し優秀発表演題賞を得ている。さらにStem cellsに2017年1月に掲載された。一方、臨床現場では自己末梢神経移植に替わって、nanoチューブが用いられるようになりつつある。MCP-1/sSiglec-9タンパクを吸着したnanoチユーブを使って、より大型な末梢神経損傷に対する治療効果を検証する。 最終年度に研究代表者が名古屋大学から徳島大学に移動した。移動の前後で一時的に研究が遂行できない時期が生じた。このため、未実行研究課題と未執行予算が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
頭頸部領域の末梢神経は、三叉神経、顔面神経、舌咽神経などがあり、各神経はその枝を分岐させ頭頸部領域での神経支配を行っている。申請者は複数の神経群の中から、露出が容易で、かつ客観的評価を行える表情筋の運動支配を司る顔面神経を選択した。 8週齢雌SDラットを全身麻酔後、患側は耳介切開を加え、露出した耳下腺を摘出する。茎乳突孔から走行する顔面神経の枝を確認し、頬骨神経枝、頬筋神経枝、下顎縁枝をそれぞれ剪刀で切断し区域欠損モデルを制作。MCP-1/sSiglec-9含有コラーゲンを充填したナノチューブで神経切断末端を接合する。健側は開創後直ちに閉創し、sham群とする。区域欠損の長さを延長し神経再生限界を見極める。
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