研究課題/領域番号 |
26300041
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研究機関 | 国立民族学博物館 |
研究代表者 |
佐々木 史郎 国立民族学博物館, 先端人類科学研究部, 教授 (70178648)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 衣文化 / 織物 / 靭皮繊維 / 草皮繊維 / 絹 / 北方民族 / アイヌ / ハンティ |
研究実績の概要 |
平成27年度は、ロシアではサンクトペテルブルクにある2つの博物館とウラジオストークの博物館、国内では北海道と東京の博物館を中心に調査を行った。具体的には、まずロシアでは平成27年8月30日から9月3日の日程で、ロシア科学アカデミーピョートル大帝記念人類学民族学博物館とロシア民族学博物館で、西シベリアのハンティの伝統的な織物と衣装、北海道と樺太のアイヌの織物と衣装の熟覧とデジタル顕微鏡を用いた素材分析を行った。ウラジオストークでは沿海州立郷土博物館でアイヌのイラクサ製の「テタラペ」と呼ばれる衣装を3点熟覧した。 北海道では、白老町のアイヌ民族博物館(4月20日、21日)、旭川市の旭川市博物館(4月22日)、苫小牧市の市立美術博物館(4月23日)、札幌の北海道大学北方生物圏フィールド科学センター植物園博物館(7月15日~17日)、道立北海道博物館(7月18日、19日)とその他10月から11月にかけて浦河、様似、伊達紋別などで調査を実施した。東京では東京国立博物館(7月28日、29日)、早稲田大学會津八一記念館(7月30日)で調査した。国内の博物館では主にアイヌの木綿衣(ルウンペ、カパラミプ)と刀掛け帯(エムシアツ)を中心に熟覧と顕微鏡による素材分析を行った。熟覧した資料の数は、集計が終わっていないので正確な数字はまだないが、200点を超える。 その結果、アイヌやハンティなどの北方諸民族に見られる靭皮繊維、草皮繊維などの伝統的な繊維による糸づくりの変遷、絹、木綿、羊毛などの輸入繊維製品の使用状況の変遷過程をある程度復元することができるようになった。ことにアイヌの衣文化に関しては、従来考えられてきた以上に高級な素材をふんだんに使っていることがわかるとともに、時代が下るに連れて素材の質が低下していくことも判明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
デジタル顕微鏡による観察の対象とした衣類の点数を昨年度の倍以上に増やしたことから、多様な種類の繊維を観察することができ、各繊維の持つ細かな特徴を把握することができるようになった。そのために、使われている布素材の同定がたやすくなり、また精度も上がった。例えば、肉眼あるいは手触りでは区別が難しい絹とレーヨン(人絹)の区別も顕微鏡による繊維の細かい観察により、より明確につけらるようになった。その結果、その衣装が製作された年代をより狭い範囲に限定できるようになった。アイヌ、ハンティをはじめ北方民族の博物館資料には製作年代が不明の資料が多いが、レーヨンが使われていたとすると20世紀以降の製作であることが明白になる。 昨年度に比べて調査した博物館の数、地域も広がり、比較対象とすべきものの点数が増えたことから、量的な分析も可能になってきた。そのために、時代差、地域差を量的に表すことが可能になった。例えば、サンクトペテルブルクの人類学民族学博物館所蔵のアイヌの木綿衣(ルウンペ)は製作年代を比較的狭い範囲に限定できる数少ない資料だが、それと類似の素材、文様、スタイルを持つが木綿衣が国内の博物館でも複数見つかっており、それらを比較することで、ルウンペの相対的な年代とその変遷を復元できるようになった。
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今後の研究の推進方策 |
まず、平成27年度に全てを熟覧することができなかった博物館での調査を継続したい。ロシアでは、サンクトペテルブルクの2館での調査は終了したが、ロシア国内には北方民族の衣装を所蔵する博物館は無数にある。その中からアイヌ資料を比較的多く持つ、ユージノサハリンスクとハバロフスクの博物館所蔵のアイヌの衣装の調査を行う。 国内博物館での調査では、まだ熟覧していない資料が残る、旭川市博物館、函館市立北方民族資料館、アイヌ民族博物館、早稲田大学會津八一記念館、青森市教育委員会、そして天理参考館所蔵の資料の熟覧と一部デジタル顕微鏡を用いた観察を行う。 第3に、平成27年度には十分できなかった、北方地域の先史時代の繊維遺物の調査を再開する。昨年偶然ロシアで1970年代に刊行された書物に、カムチャツカ半島でアイヌが製作した靭皮繊維の織物と思われるものの断片が発掘されていることがわかり、現地の博物館でその確認を行う。また、ウラジオストークの極東諸民族考古学歴史学民族学研究所には新石器時代(具体的には約7500年前)の繊維断片が発掘され、残されていることから、その確認と観察も行いたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究機関で購入したポータブルタイプのデジタル顕微鏡の使用が許可され、従来の重量のあるタイプ使用回数が減ったために、国内調査での荷物運送費が予想以上に節約できたため。
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次年度使用額の使用計画 |
最終年度はこれまでの調査資料を整理してデータベース化する作業を予定しており、次年度使用予定となった額をそちらに充当する。
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