研究課題/領域番号 |
26330006
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
村尾 美緒 東京大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (30322671)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 量子計算 / ハミルトニアン動力学 / オラクル / 量子アルゴリズム / 超写像 / 量子測定 / 量子操作 / 量子制御 |
研究実績の概要 |
本研究は、量子系に対して人工的な量子操作や複雑な量子測定を実装するための組み込みシステムとして、量子計算機を活用するための方法論の構築と具体的な量子アルゴリズムの提案を行なうものである。特に、ハミルトニアンオラクルで記述される未知のハミルトニアン動力学系からなる量子系と量子計算機を組み合わせ、量子計算機上でハミルトニアンに依存しない普遍的な量子アルゴリズムを実行することによってハミルトニアンオラクルを入力とする超写像を実装し、量子系への量子操作や量子測定を実装する新しい量子アルゴリズムを提案することを目的とする。 今年度は、制御量子ビットの入力に応じてハミルトニアンオラクルのオン・オフをコヒーレントに制御する操作を実行する超写像である、ハミルトニアンオラクルの量子制御化アルゴリズムの研究をさらに進めた。昨年度までに提案した量子制御化アルゴリズムでは、ハミルトニアンオラクルを作用させるターゲット物理系と同じ次元を持つ補助物理系が必要であったが、補助量子ビット系を用いずに同じ精度での制御化を実行できる新しい量子乱択アルゴリズムを構築した。ハミルトニアンオラクルの量子制御化アルゴリズムは、未知ハミルトニアン動力学系に対するエネルギー射影測定アルゴリズムの中核要素であり、新たに構築したアルゴリズムではToffoliゲートを用いる必要がないため、実用的に大きな優位性を持つ。 また、ハミルトニアンオラクルが実装する超写像の性質を解明するために、ユニタリで記述されるオラクルをN回作用させた量子状態のみをリソースとして、ユニタリに対する超写像を実行するという全く新しいアイディアに基づいた超写像実装のための量子アルゴリズムの定式化を行った。この定式化の過程で、断熱量子計算と量子判別行列法に基づいた量子探索問題との関連を見出し、さらにこの二つのハイブリッドからなる量子アルゴリズムを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
未知のハミルトニアン動力学系に対するエネルギー射影測定を近似的に実行する量子アルゴリズムの中核を担うハミルトニアンオラクルの量子制御化アルゴリズムについての研究では、昨年度までに提案したハミルトニアンオラクルの量子制御化アルゴリズムと比べて少ないリソースを用いて同じ精度を実現するアルゴリズムの提案ができた。このアルゴリズムの簡略化によって、エネルギー射影測定アルゴリズムを現在のテクノロジーによって実際の物理系で実現できる可能性が高まったため、プロトタイプの実験系の考察に着手することができた。このように本研究は、計算理論的な発展のみならず物理系での実装に向けての展望が開けつつある点を考慮し、期待以上の進展があったと判断した。実験的な実現に関する展望に関しては、平成28年度からは新学術領域「ハイブリッド量子科学」に公募研究として参加し、さらに進展させることになった。 また、本研究では、写像に対する写像を記述する超写像を量子計算機上でどのように構成していくかを明らかにすることが中心的な課題であるが、入力となる写像を『保存』した量子状態をリソースとして、この量子状態から生成されるhigher orderの動力学を考察することによって超写像を実行するという、高次計算(higher order computation)の新しい実装方法を示したことは、従来にないまったく新しいアイディアであり、今後の発展可能性が大に期待できる。さらに、この定式化の過程で、断熱量子計算と量子判別行列法に基づいた量子探索問題との関連を見出し、この二つを組み合わせたハイブリッド量子アルゴリズムによってより効率的な量子計算を行うことが可能となることを示したことも、今後、量子アルゴリズムを考察する上で重要な指針となる興味深い成果であると考える。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度までの研究においては、1種類のハミルトニアンオラクルに対してハミルトニアンオラクルを入力とする超写像を実装するための超写像を考察した。超写像における因果性、並列性と非局所性の性質を解析するために、平成28年度では、このアイディアをさらに一歩進めて多種類のハミルトニアンオラクルが与えられた場合に、それらのハミルトニアンオラクルを入力とした超写像を実行するような、多入力の超写像の実装を考察する。また、1種類のハミルトニアンオラクルをN回並列に用いることで量子力学の範囲内で実装可能な超写像の持ちうる性質や、超写像を実装する量子回路の性質を明らかにする。 研究代表者のこれまでの研究によって、ハミルトニアンオラクルの代わりに任意のインスツルメンツを実装するオラクルが与えられ、かつ、超写像の作用を記述するW行列と呼ばれている行列要素が条件付き確率に対応する古典的な超写像で与えられている場合においても、3種類のインスツルメンツからなるオラクルを用いた設定では、通常の因果関係を満たす古典通信のみでは実装することができない超写像の存在が知られており、量子通信が必要となる。一方、2種類のインスツルメンツからなるオラクルを用いた設定では、古典的な超写像は必ず因果関係を満たす古典通信のみで実装可能であることが知られており、2種類と3種類のオラクルに対する超写像は質的に異なる性質を持つ可能性がある。このため、量子力学における非局所性と因果性との関係を明らかにするという量子力学基礎論の視点からも非常に興味深い問題となっているため、解析を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、学事歴の変更と学内業務の増加により外国出張の回数を減らさざるをえない状況なり、いくつかの国際会議への参加および海外の研究者との研究打ち合わせの予定をキャンセルしたため、旅費の執行額が大幅に少なくなった。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度使用となった研究費は主に旅費として用いて、より活発な研究交流と国際学会での研究発表を積極的に行う計画である。国際会議としては、5月に香港で開催される量子情報と量子力学基礎論に関する国際会議と6月にオーストリアで開催される国際会議に参加し、招待講演を行う。さらに、オックスフォード大学のDahlsten博士およびケンブリッジ大学のButterfiled教授を訪問し、研究打ち合わせを行う計画である。研究代表者の海外出張に加えて、本研究に関わる大学院生にも積極的に海外での国際会議で研究発表する機会を作る。また、研究補助者の雇用することによって、より効率的に研究を進める。物品費については、プリンタートナーやプリンター用紙などの消耗品に研究費を用いる。
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