前年度までの研究と先行研究をふまえ、量刑格差を生じさせると考えられる要因を排除することで量刑格差がどの程度是正されるか検討するために、裁判員裁判で審理された下記2つの事件を取り上げ、模擬裁判実験を実施した。得られた主な結果は下記のとおりであった。 1.アスペルガー症候群の被告による実姉殺害事件:(1)特定の性格特性(他者に対する攻撃性(敵意)、死に対する態度(死の恐怖)、情動的共感性(冷淡さ))は、評議前の量刑判断に影響したが、評議後にはこうした傾向はみられなくなった。(2)発達障害についての知識は、評議後の量刑を重くする方向に影響した。(3)“犯情”(被害の大きさ、計画性、被告人の悪意、被害者の落ち度)で量刑の大枠を決め、“一般情状”(被告人の属性、前科・前歴、反省の程度、被害者遺族の処罰感情など)を考慮して量刑を決定(2段階で量刑を決定)するように求めた条件は、そうでない条件(考慮する内容は同じであっても段階をふまずに量刑を決定した条件)と比較して、評議後の量刑格差が小さくなった。 2.高齢の夫の介護疲れによる妻殺害事件:(1)特定の性格特性(公正世界観)は、評議前の量刑判断に影響しなかったが評議後の量刑判断に影響した。(2)介護についての知識は、量刑判断に影響しなかった。(3)“犯情”で量刑の大枠を決め、“一般情状”を考慮して量刑を決定(2段階で量刑を決定)するように求めた条件と、そうでない条件(考慮する内容は同じであっても段階をふまずに量刑を決定した条件)で、評議前後の量刑格差に違いはみられなかった。 裁判員裁判での量刑の重さが議論された上記1の事件の場合、“犯情”と“一般情状”の2段階に分けて量刑を決定することで量刑格差は是正された。得られた結果は、裁判員裁判の量刑判断の妥当性について重要な示唆を与えるものである。
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