研究実績の概要 |
従来の音楽知覚の神経生理学的研究では,音楽理論から逸脱した場合の大脳皮質の反応や,不協和音に対する情動関連領域の活動(fMRI による)など,どちらかというとネガティブな反応を調べることが中心的であった.本研究では,音楽知覚研究としては新しい手法である脳磁図のASSR(聴性定常応答)を用いた.これにより,同時に提示される異なる音に対する反応を分離して取り出すことができる.この原理に基づいて,和声については,複数の音がどのように合成され一つの和声として認識されるのか,多声部音楽については,ある一つの声部がより明確に認識される機構や複数声部の内声の旋律が認識される機構などについて,神経生理学的な知見を得ることを目的とした. 研究途中で本学設置のMEG装置が故障し修理不能となったので,岡崎の生理学研究所の装置を借りて実験を続けるという不運に見舞われたため,計画を多少変更さざるを得なくなり,例えば脳波やfMRIなどの計測手段も予備的に用いた.これらについては研究期間が短いため,十分な成果は得られていないが,実験が十分できなかった分,和声に対する考察を深めることができ,三和音と七の和音の新しい二次元表現法を編み出すことができた. ASSRによる和声の研究では,長・短三和音,減三和音,増三和音の順にASSRが有意に増大するという結果を得た.これは和音の不協和度の順と一致している点が興味深い.また長短三和音についてそれぞれの構成音を18, 20, 22 Hzで振幅変調することにより,根音に対する反応が短三和音の方が超三和音より有意に小さかった. 多声部音楽の認識の一つの基礎として,3声部からなる多義的な旋律を提案しASSRを用いてこれを研究した.2つの継続音のうち,旋律として認識される音に対するASSRが抑制されることを見出した.これにより,多声部旋律研究の一つの方法を提案できる.
|