寛政度内裏の造営史料である「御指図御用記」などから、女官のうち勾当内侍の日常生活のための施設であった「長橋局」について考察した結果、以下の事項を明らかにした。 1)長橋局は、宝永度・寛政度・安政度内裏において、奏者所・参内殿の東に位置し、室の規模やその配置は変わらず、出入り商人の制限や見張りなどの管理をする場でもあった。2)長橋局の南側に一列に並ぶ上の間、二の間、三の間には襖絵が描かれ、寛政度では薄彩色、安政度も違棚の小襖のみ金砂子を蒔き、その他は彩色の薄い仕様となっていた。画題は寛政度では上の間から三の間まで自然な変化がつけられていたが、安政度では3室の画題がそれぞれ完結していた。
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